遅い昼下がりに家人と近所を散策したら汗ばんできた。陽向よりも日蔭を歩いたほうが心地よい。春を通り越して早くも初夏の陽気である。
舗道を歩いていて「そうだ!」といきなり閃いた。五月に因んだ楽曲といえば、あれがあったぢゃないか。ずばり《
五月のミル Milou en mai》──ルイ・マル監督作品の映画音楽である。
帰宅するなり、棚の奥をまさぐるが目当てのディスクが見つからない。サントラCDの日本盤が間違いなくあったはずなのだが、どこへ仕舞い込んだのやら。致し方ないので同内容の米国盤で今日のところは我慢しよう。
"Original soundtrack recording May Fools
A new comedy by Louis Malle"
■ Milou
■ Fly-tox
■ Claire
■ Georges
■ Rivière
■ Adèle
■ Bicyclette
■ Valse de passé
■ L'Internationale
■ La fille de Bédouin
■ Blues de la pluie
■ Départ
■ Tiger Rag
■ Pic-nic
■ Queenie
■ Camille
■ Chanson pour Louis
Music: Stéphane Grappelli
Violon, violon basse: Stéphane Grappelli
Guitare: Marc Fosset, Martin Taylor
Contrebasse: Jack Sewing
Piano, piano électrique, clavecin: Maurice Vander
Clarinette, saxophone soprano: Pierre Gossez
Accordéon: Marcel AzzolaRec: Studios de la Grande Armée, Paris, 13-16 novembre 1989
CBS MK 46256 (1990)
→アルバム・カヴァー →日本盤カヴァーこの映画は封切時の1990年10月9日、六本木シネ・ヴィヴァンで観た、と手控帖にある。だが悲しいことに、記憶はもはや曖昧模糊としている。主役ミルに扮するミシェル・ピコリが泥池に首まで浸かってザリガニを捕る場面を、前後の脈絡なく漠然と想い出すばかり。Movie Walker のサイトから粗筋を引かせていただく。
1968年5月、南仏ジェールのヴューザック家。当主の夫人(ポーレット・デュボー)が死に、長男のミル(ミシェル・ピッコリ)は彼女の死を兄弟や娘たちに伝える。時は五月革命のさ中。駆けつけたミルの娘カミーユ(ミュウ・ミュウ)と彼女の子供たち、姪のクレール(ドミニク・ブラン)とその女友達マリー・ロール(ロゼン・ル・タレク)、弟のジョルジュ(ミシェル・デュショソワ)と彼の後妻リリー(ハリエット・ウォルター)たちの話題といえば、革命のことと遺産分配のことばかり。家を売ろうというカミーユとジョルジュに、ミルは怒りを爆発させる。そんな折、公証人ダニエル(フランソワ・ベルレアン)の読みあげる夫人の遺書の中に、手伝いのアデル(マルティーヌ・ゴーティエ)が相続人に含まれていると知った一同は驚く。
その夜パリで学生運動に参加しているジョルジュの息子ピエール・アラン(ルノー・ダネール)がトラック運転手のグリマルディ(ブルーノ・ガレット)と、屋敷に現われる。翌日、革命の影響で葬儀屋までがストをする。ミルたちは遺体を庭に埋めることにし、葬式を一日延期し、ピクニックに興じる。解放された雰囲気の中で、ミルはリリーと、ダニエルはカミーユと、ピエール・アランはマリー・ロールと、グリマルディーはクレールと親しくなってゆく。しかしその夜、屋敷に現われた村の工場主プテロー夫妻(エティエンヌ・ドラベール、ヴァレリー・ルメルシェ)から、ブルジョワは殺されると知らされた一同は、森へと逃げる。
疲労と空腹で一夜を過ごし、険悪なものとなった彼らのもとにアデルがやって来て、ストが終ったことを知らせる。いつしか彼らの心の中には、屋敷を売る考えはなくなっていた。そして無事葬儀は終わり、カミーユたちは迎えにやって来た夫のポール(ユベール・サン・マカリー)と共に、また他の人々も帰るべき場所へと帰って行き、屋敷には再びミルだけが残されるのだった。
そんなストーリーだったか。まるで想い出せないなあ。《五月のミル》の「五月」とは1968年5月、「五月革命」の謂いだったのだ。フランス革命に動転した貴族さながら、首都で勃発した騒乱に田舎町のブルジョワ家族が慌てふためくさまを皮肉な視点から描いた作品ということらしい。こうして粗筋だけ読むとジャン・ルノワールが監督してもおかしくない群像喜劇風であり、脚本を書いたJ=C・カリエールの狙いもどうやらその辺にありそうな気がする。
ともかく四半世紀も前に一度観たきりの映画について、小生には何も語る資格はないのだが、唯一つ断言できるのは、この作品のために
ステファーヌ・グラッペリが書き下ろし、自ら奏でた楽曲の数々がいかにも素晴らしく、映像の記憶は失せても、音楽だけはずっと耳と心に残ったということだ。グラッペリ翁を担ぎ出したという一事だけでも、ルイ・マル監督の功績は大いに讃えられていい。
永い芸歴の割にグラッペリと映画音楽との縁は意外にも浅く、管見の限りで《五月のミル》のほかには、ベルトラン・ブリエ監督作品《バルスーズ Les Valseuses》(1974)しか手掛けていない(こちらも心に染みる楽曲を含む)。だからこそ、三顧の礼をもって老巨匠を迎え入れたルイ・マル監督の決断は尊いものだ。
思うにマルは映画音楽にきわめて自覚的な作家であり、作品に応じてマイルズ・デイヴィス(《死刑台のエレベーター》)、ブラームス(《恋人たち》)、エリック・サティ(《鬼火》)、チャーリー・パーカーほか(《好奇心》)とその都度こちらの意表を突く作曲家/演奏家を指名する。《五月のミル》をグラッペリに委ねた真意は詳らかでないが、彼はすでに《ルシアンの青春》(1973)でグラッペリの往時の盟友であるジャンゴ・レナールの古いジャズを用いていたから、その頃から「いずれグラッペリにも・・・」と機会を狙っていたのではないか。そうだ、きっとそうだという気がする。
それにしてもグラッペリの奏でるヴァイオリンのなんという屈託のなさ。微笑みかけるように純粋無垢な旋律、弾むスウィング感覚と自在なボウイング、そして尽きせぬ愉悦感。「生きる歓び La joie de vivre」の音楽が泉のごとく溢れ出てくる。かのイェフディ・メニューインが魅了され、願い出て六枚もの共演アルバムを創ったのも宜なるかな。誰にも師事したことがなく、「練習は全くしないよ」と公言する、天性のフィドル弾きの面目躍如たるところだ。
数あるグラッペリのアルバムのなかでも、その悦ばしい音楽の魅惑を最もふんだんに味わえる出色の一枚だろう。附されたタイトルから察するに、多くの楽曲は映画の登場人物に擬せられたものとおぼしく、瑞々しくも心和む性格的小品が次々に繰り出される。その大半は即興的な書きおろしと推察されるが、主役であるミルの名に因むタイトル・チューン(
→これ)だけは、旧作 "Billy" に序奏を附加して、より洗練された形に仕上げたものだ。もうひとつ、これは来日公演でも披露した「いにしえのワルツ」と題された一曲もお裾分けしよう(
→これ)。
五月のよく晴れた日にこれほど似つかわしい音楽はない。因みにルイ・マルの映画は英国では原タイトルを踏襲し「五月のミルー Milou in May」と題されたのに対し、米国では何故か「五月馬鹿 May Fools」という奇妙な題名で封切られ、当アルバムの標題もそれに準じている。ちょっと調べてみたが、英語にこういう成句があるわけではなく、単に「四月馬鹿」をひと捻りした造語なのだろう。