昨日はとりたてて用事もないのに上京。いや正直に云うと花見の目的でわざわざ出向いたのである。今年もまた杉並の小さな寺にやって来た。この四半世紀間ここに一度も欠かさず通い詰めている。練馬に住んでいた頃は自転車でスイスイ出向いたが、今は千葉から電車を乗り継いで二時間以上かけて赴く。
上野や千鳥ヶ淵や目黒川のように何百、何千の桜が咲き競う名所とは異なり、僅か十数本の染井吉野がひっそり寄り添う。散歩のついでに訪れる近隣の住民以外には人影もまばらである。それだけに誰にも邪魔されず、心静かに桜を愛でるには恰好のロケーションなのだ。散り始めた花の下に佇むと、極楽浄土さながらの法悦を味わえる。小生ひとりだけのサンクチュアリ。
そよと微風が吹くだけで、頭上からどっと花吹雪が舞う。境内の小さな池は一面の花筏。不意に鯉が跳ねると水面がそこだけ覗く。今年もここに来訪できた歓びをしみじみ噛みしめていたら、空からポツリ雨粒が。心残りだがベンチから立ち上がり、桃源郷をあとに路線バスですごすご駅まで引き返す。
帰りはふと思い立って新宿で途中下車。半年ぶり位に中古レコード店を覗いてみる。ジャンル毎に作曲家で区分けされたコーナーを虱潰しに探索。二時間ほどかけて数枚を選りすぐった。何が釣れるか判らずに糸を垂らす釣人のスリリングな心境を久しぶりに味わう。
"Strauss Lieder: Chrintiane Oelze"
リヒャルト・シュトラウス:
歌曲(全二十四曲)
ソプラノ/クリスティアーネ・エルツェ
ピアノ/エリック・シュナイダーSolo Musica SM 183 (2013)
→アルバム・カヴァー■ お目当ては末尾に収録されたピアノ伴奏版「四つの最後の歌」。昔は選ばれた少数のソプラノ歌手だけが歌える特権的な曲だったのに、今や誰彼なく猫も杓子も録音する。モーツァルトから頽廃音楽まで得意とするこの人はどうなのかな?
"20th Century Classics: Tippett"
ティペット:
コレッリの主題による協奏的幻想曲、ピアノ協奏曲、二つの弦楽合奏群のための協奏曲 ほか
マイケル・ティペット、ルドルフ・バルシャイ、ネヴィル・マリナーほか指揮
ピアノ/ジョン・オグドンEMI 6 78429 2 (2012)
→アルバム・カヴァー■ 消滅間際のEMIレーベルから総店浚え風にどっと出た「20世紀作曲家アンソロジー」二枚組のひとつ。演奏家の多彩な顔ぶれ(特にバルシャイ)に惹かれて思わず手に取った。苦手な作曲家に幾らか接近する一助となればと希っている。
"A Legend of the Piano: Robert Casadesus"
ブラームス: ヴァイオリン・ソナタ(全三曲)
ヴァイオリン/ジーノ・フランチェスカッティ
ピアノ/ロベール・カサドシュSony (France) 5033862 (2001)
→アルバム・カヴァー■ 正規盤として出たものの、実態はワシントンDCでの実況録音の覆刻。音は芳しくないが両者の共演したブラームスはこれしか残されていない由。ちょっとだけ部分的に拾い聴きしてみたら、独特の魅惑に満ちた佳演のよう。愉しみだなあ。
《メニューイン・イン・ジャパン1951》
タルティーニ: 悪魔のトリル、サラサーテ: スペイン舞曲(三曲)、バルトーク: ルーマニア民族舞曲 ほか
ヴァイオリン/イェフディ・メニューイン
ピアノ/アドルフ・バラーBMGファンハウス RCA BVCC-37436 (2005)
→アルバム・カヴァー■ 戦後に逸早く来日して敗戦国民の渇を癒やしたメニューインの貴重な日本録音。オリジナル・テープ素材が現存する限り全演目を初覆刻した値千金の企てである。最近とんと見かけないディスクなので遭遇できて嬉しい。本日最大の収穫。
"Elgar: Cello Concerto, 《Enigma》 Variations"
エルガー:
チェロ協奏曲、「謎」の変奏曲
チェロ/ジュリアン・ロイド・ウェバー
イェフディ・メニューイン指揮 ロイヤル・フィルPhilips 416 354-2 (1986)
→アルバム・カヴァー■ メニューイン繋がりでこんな盤も収穫。上記の盤から実に三十五年後の録音だ。生身のエルガーをつぶさに知る老巨匠の指揮だが果たして首尾は如何に?
たまには実店舗で闇雲に獲物を仕留めるのもいいものだ。ほくほく顔でご帰還。