凍てつくように寒い日だ。立春だというのに冬将軍の逆襲である。できれば外出は控えたかったが、今日が返却期限という数冊があるので仕方なく近隣の図書館まで返却に赴く。その往還の間に冷たい雨がみるみる霙混じりになり、やがて小雪に変わった。外套に降りかかった粉のような結晶が見える。おお寒。
すっかり体が冷えきってしまったので熱い珈琲を淹れて大人しく音楽でも聴こう。
"Prokofiev: Cinderella - Summer Night Suite"
プロコフィエフ:
組曲「夏の夜 Летняя Ночь, Сюита」作品123
バレエ「シンデレラ Золушка」全曲 作品87
ミハイル・プレトニョフ指揮
ロシア国立管弦楽団 1994年4月、モスクワ音楽院大ホール
Deutsche Grammophon 445 830-2 (1995)
→アルバム・カヴァー「シンデレラ」全曲盤といえば過去にロジェストヴェンスキー、プレヴィン、父ユロフスキーらの老練な名演奏が犇めいていて、確固たる個性を欠いたプレトニョフのような若輩者の入り込む隙はなさそうだ。数年前に一聴したきり「悪くはないけど良くもない」と棚の奥に仕舞い込んだままのアルバムである。
久しぶりに取り出してみると、なかなかどうして秀逸な演奏ではないか。強い主張がない代わりに細部まで目配りの利いた丁寧な采配ぶりが好もしい。それにアンサンブルの水準が極めて高い。それもその筈、外国資本から潤沢な資金援助を受けて、ロシア中のオーケストラから名手を引き抜いて結成された楽団なのである。この
ロシア国立管弦楽団(
Российский национальный оркестр)とはスヴェトラーノフが永く常任を務めたロシア国立交響楽団(Государственный академический симфонический оркестр России)と紛らわしいが、もちろん別の団体。ソ連期の莫斯科にはなかった肌理細やかな音色を響かせる。
この二枚組のユニークなのは「シンデレラ」全曲に加え、珍しくも「夏の夜」組曲が聴けることだ。標題からは想像できないが、この組曲はプロコフィエフが戦時下で作曲した軽妙なオペラ・ブッファ「修道院での結婚」から編まれたもの。作品番号こそ「123」だが、元のオペラのそれは「86」。「シンデレラ」と一番しか違わない。つまり両者は同時期に並行的に書かれており、作風にも共通点が多いので一緒に聴くには最適。湧き立つ音楽はプロコフィエフ円熟期の真骨頂だ。
かかる組み合わせで意表を突くプレトニョフはなかなかの智慧者とみた。
"Prokofiev: Concerto pour violoncelle en mi mineur, etc."
プロコフィエフ:
チェロ協奏曲 作品58*
「醜い家鴨の子 Le Vilain Petit Canard」作品18**
「夏の日」作品65bis***
ユダヤ主題による序曲 作品34bis****
チェロ/ロジェ・アルバン*
ルドルフ・アルベルト指揮
セント・ソリ管弦楽団*
ソプラノ/フランソワーズ・オジェア**
アンドレ・ジューヴ指揮
シャンゼリゼ劇場管弦楽団** *** ****1954年5月、パリ、メゾン・ド・ラ・ミュテュアリテ*
1955年1月、パリ、サル・アポロ** *** ****
Forgotten Records fr 572 (2011)
→アルバム・カヴァー
これまでCD化されずに忘れられた初期LPを丁寧な覆刻技術で現代に蘇らせる専門レーベル Forgotten Records から、稀少なプロコフィエフ音源がいくつか出ているが、なかでも筆頭に挙げるべき盤がこれ。
冒頭のチェロ協奏曲は所謂「第一番」。
グリゴリー・ピヤチゴルスキーの依頼により1933年パリで作曲が開始され、38年モスクワで完成した。その間にプロコフィエフは祖国帰還を果たしたため作曲家と発注者との連絡が途絶え、結局ピヤチゴルスキーの知らぬ間にソ連で初演されてしまった。ほぼ同時期に書かれた第二ヴァイオリン協奏曲と異なり、発注者との緊密な協働作業を経ずに作曲されたため、奏法上に多くの問題箇所が生じ、楽章間のバランスも宜しくなく、モスクワでの世界初演(独奏
レフ・ベレゾフスキー)は大失敗だった(米国初演はピヤチゴルスキーが担当するも不評に終わり、彼は二度と同曲を弾かなかった)。
かかる不幸な出自をもつ協奏曲のためか、滅多に実演も録音もなされず、この音源が世界初録音の名誉を担う。その後シュタルケルとワレフスカのステレオ録音が出たが、どちらも演奏至難箇所を割愛した「短縮版」だったため、このアルバン盤は近年まで同曲唯一の完全録音だった。
独奏者
ロジェ・アルバン Roger Albin(1920~2001)についてはこのほかフォーレやドビュッシーのソナタを同じ Club français du disque レーベルに録音し、のちストラスブールで指揮者として活動したこと位しか詳らかでないが、技術的にも破綻なく安定した独奏を聴かせる。プロコフィエフ自身はこの曲の不首尾を恥じてロストロポーヴィチの助言のもと「第二」協奏曲(「交響曲=協奏曲」)に改変してしまうのだが、このアルバンの演奏で聴く限り、些か冗漫ではあるものの必ずしも失敗作とは認められない。ともあれプロコフィエフ演奏史上それなりの地歩を占めるべき先駆的録音だろう。良好な覆刻で聴けてなによりである。
二曲目以降はフランスのマイナー・レーベル Ducretet-Thomson のLPからの覆刻である。これらは英盤LP(
→これ)を昔さんざん愛聴した小生にとってはたまらなく懐かしい演奏だ。初期の佳作である「醜い家鴨の子」がことのほか名演で、独唱者
フランソワーズ・オジェア(オジェアスとも)Françoise Ogéas の表情豊かな歌唱(フランス語)が愉しい。続く二曲もLP時代には他に録音が乏しく重宝した。こうした好演がモノーラル録音だからという理由で永く等閑視されていたのは理不尽である。これまたプロコフィエフ音盤史に残すべき音源だろう。
アンドレ・ジューヴ André Jouve(生歿年不詳)はデュクルテ=トムソン社お抱え指揮者として1950年代パリで数々のセッションに係わり、バロックから同時代音楽まで幅広く堅実に手がけたが、今日その名が想起される機会はまずない。