BBC Radio3 の音楽番組はいろいろあって選ぶのに苦労するほどだが、今夜は珍しく "Private Passions" という馴染のないプログラムを聴いてみる。
作曲家マイケル・バークリーが各界の著名人をスタジオに招いて、ゲストのリクエストで音楽をかけるという番組であるらしい。今回は
ジャスパー・コンラン Jasper Conran というデザイナーが登場した。野暮天の小生は全く疎いのだが、彼は英国の服飾デザイン界の大立者で、紳士服からインテリア・デザイン、舞台衣装、ウェッジウッドの陶器デザインまで手掛けるという人物のようだ。
いや、実のところそんな経歴はどうでもよくて、このコンラン氏の音楽の趣味がたいそう上質で、しかも恐ろしく幅広いことに驚嘆したのである。以下の選曲からも彼のヴァーサタイルな趣味が窺われよう。しかも曲間のコメントがいちいち的確。いるんですねえ、英国にはこういう御仁が。
Trad: Blow the Wind Southerly
Kathleen Ferrier (contralto)
DECCA 417 192-2
Schubert: Impromptu No 4 in A flat, D899
Melvyn Tan (fortepiano)
EMI CDC 7 49102-2
Harold Arlen & Ted Koehler: Stormy Weather
Elizabeth Welch (vocal)
WORLD RECORDS (LP) SH 233
Handel: Where'er you Walk (Semele - Act 2, Sc 3)
Anthony Rolfe-Johson (tenor)
English Baroque Soloists
John Eliot Gardiner (conductor)
ERATO 4509-99759-2
Spencer Williams: You Gotta Give Me Some
Bessie Smith (vocal)
Clarence Williams (piano)
Eddie Lang (guitar)
BBC BBCCD 602 8
Mozart: Laudate Dominum (Vesperae solennes de Confessore)
Carolyn Samson (soprano)
Choir of the King's Consort
The King's Consort
Robert King (conductor)
HYPERION CDA 67560
Charles Shavers & Sid Robin: Undecided
Ella Fitzgerald (vocal)
Chick Webb and his orchestra
STARDUST B001GIILLA CDR "The Very Best of Ella Fitzgerald"
Chopin: Waltz in G flat, Op 70 No 1
Dinu Lipatti (piano)
Chopin EMI 566904-2
Handel: Comfort Ye My People (Messiah)
Mark Padmore (tenor)
The Sixteen
Harry Christophers (conductor)
CORO COR 1606-2
Eleanor Farjeon & Cat Stevens (arr): Morning has broken
Cat Stevens (vocal)
ISLAND IMCD269 "Teaser and the Firecat"
小生が個人的になによりも嬉しかったのはキャスリーン・フェリアやメルヴィン・タンやベシー・スミスやエラ・フィッツジェラルドと並んで、なんとエリザベス・ウェルチの唄う「ストーミー・ウェザー」が取り上げられたことだ。
デレク・ジャーマン監督の《テンペスト》を観た者は終盤の婚宴の場で、華美に着飾った見知らぬ老女がいきなり現れ、なんの前触れもなく「ストーミー・ウェザー」を唄い出すシーンを憶えていよう(どうにも忘れようのない場面だからね)。あれがエリザベス・ウェルチなのである。
初めて観たとき彼女の登場の余りの唐突さ、シェイクスピア劇と20世紀の流行歌との齟齬に驚かされるが、「あらし」に「荒れ模様」だからあながち場違いではないわけで「それでいいのだ」と納得もする。こうして思い返すと、あの「ストーミー・ウェザー」こそは《テンペスト》の悦ばしい大団円に相応しい名唱・名場面だったように思えてくるのは、小生がデレク・ジャーマンの術中に深くはまった証拠だろう。
コンラン氏は番組で大略このように語った(と思う)。
「《テンペスト》は私の世代の人間にとってそれほど大切なフィルムだった、というか、デレク・ジャーマンの存在そのものが重要なのです」
「ジャーマンはすでに引退していたエリザベス・ウェルチをわざわざ口説いて、この場面に出演させたのです」
「彼女はここで素敵な、不思議な蝶々のような姿で登場します。老齢ですが美しく、周りを水兵たちにかしずかれてね。私は思うのだが、あの歌を彼女のように見事に歌える人が果たしているだろうかと。この曲には優に五十もの録音があるのですが、エリザベス・ウェルチほど美しく唄った歌手は一人もいないですね」