空模様が芳しくないと思ったら雨が降ってきた。午前中は散歩と買物の心づもりだったが、やむなく予定を変更してラヂオを聴きながら在宅と相成る。二日続きの上京でちょっと草臥れてもいるのでいっそ好都合かも。忘れぬうちに一昨日と昨日の外出の記録をざっと備忘録風に記しておこう。
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まずは一昨日、10月27日(日)。心配していた颱風は前日のうちに通過し、抜けるような青空だ。かねて予定したとおり上野に出向く日なのだが、折角なので早めに出て、久しぶりに日暮里で下車してみた。11時半まであと数分。改札を抜けると坂道を心なしか急ぎ足で上る。お目当ての蕎麦屋「
川むら」へ。開店時刻きっかりに到着したので口開けの客となった。
品書きを眺めているうちに席は埋まってしまう。ここは知る人ぞ知る名店なのだ。小生は名物の「牡蠣蕎麦」、家人は「天せいろ」を註文。折角なので卵焼と大吟醸「喜楽長」も頼んだ。う~ん、この酒は旨い。ちょっとフルーティな口当たり、爽やかな馨り。少しすると卵焼も到着。いつもは青唐辛子入りのを註文するのだが、家人が辛いのは嫌というので青海苔入りのにした。これも絶品だ。ちびちびやるうち蕎麦も来た。家人の天麩羅も美味しそうだったが、この季節はやはり牡蠣蕎麦だろう。大ぶりのが六つも入って良心的。頬張ると濃厚なエキスが口一杯に広がり極楽気分。しかもツユは飽くまでさっぱり、牡蠣の味は毫も染み出ていない。
正午を少し回った頃合に席を立つ。来客は引きも切らず長居は禁物なのだ。ほろ酔い気分で谷中界隈をそぞろ歩く。夕焼け段々の辺りは結構な人出である。いかにも観光地化したのがちょっと残念な気もする。早々に引き返して裏道を上野方面に歩く。この小径は「諏訪台通り」とも「初音の道」とも云うらしい。世界で最短のパッサージュである「初音小路」(
→ここ)や、改修工事が終わって再開間近という「朝倉彫塑館」(
→ここ)を横目で瞥見しつつ、のんびりと歩を進める。いかにも長閑な散策だが、この裏通りにもけっこう頻繁に車が走るので油断はできない。
そのあと少し広い道に出て(通りの名は失念)、道なりに「愛玉子
(オーギョーチー)」の店や画廊 SCAI The Bathhouse を行き過ぎた辺りで右手の煎餅屋に立ち寄る。先客の女性二人が煎餅を選びながら店の人に「この辺にお蕎麦屋さんはないかしら」などと尋ねている。「川むら」を教えてあげようかな、と思ったとき、二人は何事か英語で会話し始めた。片方の女性は外国人、もう片方の小柄な女性は…なんと今井信子さんなのである。他人の空似かとも思ったが、どう見てもそうだ。当方はすっかり固まってしまい、声もかけられなかった。本当は「演奏会、楽しみにしてます。いつかヒンデミットのシュヴァーネンドレーアー、ぜひ演ってください」と云いたかったのだが。
上野の山は大変な人出である。ちょっと骨休みに珈琲でもと思ったのだが、どこもかしこも大行列。仕方ないので藝大美術館の下の自販機コーナーで飲み物を購めて小休止。展覧会を観る位の時間はありそうだが、奈良から仏頭の出開帳とは智慧の無い愚劣な企てだ。誰が観るものか。佛は寺で拝むに如くはない。
二時半が近づいてきたので信号を渡って反対側の音楽学部へ。クロイツァーやショパンやベートーヴェンの銅像に挨拶しながら進むと奏楽堂(旧奏楽堂でなく新しい建物)が見えてきた。今日の演奏会は全席自由なので早々と数十人が入口に列をなしている。ほどなく開場。今日の演奏会はなかなか興味深い。
東京藝術大学&ジュネーヴ音楽大学 交流演奏会
2013年10月27日 15:00~
上野、東京藝術大学奏楽堂
(曲目)
ヴィヴァルディ: 四挺のヴァイオリンとチェロのための協奏曲 ロ短調*
モーツァルト: ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲**
ショスタコーヴィチ: ピアノ協奏曲 第一番(ピアノとトランペットのための)***
バルトーク: 弦楽のための嬉遊曲
(出演)
ヴァイオリン/
アルマンド・ランキーヌ・ガロヴェ、石田紗樹、ノエミ・ネネール、城戸かれん*
チェロ/山崎伸子*
チェンバロ/橋野沙綾*
ヴァイオリン/ミハエラ・マルティン**
ヴィオラ/今井信子**
ピアノ/迫 昭嘉***
トランペット/栃本浩規***
澤 和樹 指揮
東京藝術大学・ジュネーヴ音楽大学 合同オーケストラ
標記のとおり東京とジュネーヴ、二つの音楽大学の学生が主体となった合同演奏会である。そこに両校の指導教授たちが加わってアンサンブルに花を添え、梃子入れするという形だ。ヴィヴァルディの独奏ヴァイオリン奏者は学生ばかりだが、そこに藝大教授の山崎さんがチェロ独奏で加わる。モーツァルトの独奏者は共にジュネーヴの教授たち(先ほど煎餅屋でお見かけしたご両人だ)だし、後半のストラヴィンスキーの独奏二人は藝大の教官たち、モーツァルト以下の三曲では藝大副学長自らが指揮を務める。
この合同演奏プロジェクトは10月上旬ジュネーヴで開始され、東京から出向いた教授陣がマスタークラスを催すと共に、オーケストラと室内楽のリハーサル、演奏会を何度も行ったうえで全員が来日し、東京でのマスタークラスと練習を経て、24日にはすでに大阪で今日と同内容の演奏会をお披露目している。周到な準備期間を経て、すでにアンサンブルは充分に練り上げられており、破綻や詰めの甘さはどこにもない。まあ、もともと上手な学生たちを選りすぐってあるのだろうが、演奏水準はきわめて高く、殆どプロフェッショナルといってもいい。
小生のお目当ては勿論モーツァルトでの今井教授のヴィオラを聴くことだ。同僚のマルティン教授(ルーマニア出身でチャイコフスキー・コンクール第二位を経歴をもつ)との息もよく合い、美しく含蓄の深い演奏となったのは何よりだ。惜しむらくは澤教授の指揮が少しばかり堅苦しく常套的で予定調和の気味があったことだ。願わくはシャーンドル・ヴェーグのように自在で即興的な味わいが出せればいいのだが、まあそれは高望みというものだろう。
感心したのはプログラム編成の妙だ。ヴィヴァルディの合奏協奏曲が七十年を経てモーツァルトの独奏協奏曲へと進化し(ここで編成人数は倍増する)、百五十年後のショスタコーヴィチの二重協奏曲にはその遙かな谺を聴く思いがした。最後のバルトークのディヴェルティメントはバロック期の合奏協奏曲の書法を意識しており、プログラムは見事に円環を描いて完結する。音大のオーケストラの合同演奏会だけあって教育的配慮が行き届いた曲目編成なのである。演奏の精度でもバルトークが一頭地を抜いていたと思う。ショスタコーヴィチでは生真面目さが災いして、この曲の皮肉でパロディめいた味わいが醸成されない憾みが残った。
たっぷり二時間のプログラムを聴き終えて外に出ると、空はもうとっぷり暮れていた。帰途、地元駅の売店でお握りとおこわ弁当を買って簡便な夕食。
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翌28日も清々しい秋日和。日中たっぷり休養をとり、午後遅く家人と共に上京した。五時きっかりに地下鉄の銀座一丁目で下車、暮れかかる銀座の街は大いに賑わっている。外国人観光客が目につく。
今宵の演奏会は七時からなので早めの夕食を摂る必要がある。天麩羅屋も洋食屋も軒並まだ準備中とあって、裏通りを物色したが適当な店が見つからない。そうこうするうち目的地の七丁目に着いてしまったので、昔この界隈で働いていた家人の馴染の店だという甘味処「
立田野」に決めた。家人は「鶏釜飯セット」、小生は「海鮮釜飯セット」、どちらも小さな餡蜜が附いたから小腹は充たせた。
六時を回ったので銀座通りを渡ってヤマハ銀座店へ。三年前に新装開店してから足を運ぶのは初めてだ。ちょっと間口が狭くなったように思うのは気のせいか。そのままエレヴェーターで七階へ。狭いロビーは既にごった返しており、そこから更に階段を延々と登らされる。今時これはないだろう。音楽好きの老人には過酷な仕打ちだ。息も絶え絶え着席するとホール自体は悪くない。適度な傾斜がついて観やすいし、席数三百強という規模もピアノや室内楽には最適だろう。まあ楽器屋のホールなのだから当然か。
昨日に引き続き、東京藝大とジュネーヴ音大の合同演奏会、今宵は室内楽の夕べである。出演者はやはり生徒と先生方。
東京藝術大学&ジュネーヴ音楽大学 室内楽演奏会
2013年10月28日(月) 19:00~
銀座、ヤマハホール
(曲目)
ドヴォジャーク: 二挺のヴァイオリンとヴィオラのための三重奏曲 ハ長調*
モーツァルト: ピアノ と管楽のための五重奏曲 変ホ長調
メンデルスゾーン: 弦楽八重奏曲 変ホ長調
(出演)
ヴァイオリン/
ミハエラ・マルティン*、澤 和樹*、ロミュアル・グランベール=バレ、藤井杏子
ヴィオラ/今井信子*、アレクサンドラ近藤
チェロ/山崎伸子、カロリーナ・マトス
ピアノ/フィリップ・ディンケル
オーボエ/クレール・トマ
ホルン/アストリッド・アルブーシュ
クラリネット/山本正治
ファゴット/岡崎耕司
(まだ書きかけ)