還暦を果たした昨年ほどではないが、感慨なきにしもあらず。めでたいような、そうでもないような複雑な心境である。まだ老境に馴れていないのだ。
昨夜はバーネット・ニューマン畢生の大作《アンナの光》が海外に売却されるというニュースに絶句し、胸ふさぐ思いで鬱々と過ごした。美術館が自ら所蔵する作品を手放すこと自体さして珍しくないのだが、コレクションを代表すると自他共に認める逸品中の逸品を放出するとは只事でない。余程の事態である。喩えるならばルーヴルが《ナポレオンの戴冠式》を、ウフィツィがボッティチェッリの《春》を、エルミタージュがマティスの《ダンス》を、レイナ・ソフィアがピカソの《ゲルニカ》を売却するようなものだ。誰もが等し並みに叫ぶだろう、そんな莫迦な、と。
十年前まで奉職していた美術館なので無関心ではいられない、という一面もあるにはあるが、なによりも「美術館コレクションも永遠不滅ではない」という、普段は意識されない、だが千古不変の仮借なき真理を突き付けられた思いである。