梅雨が明けないうちから茹だるような暑い日が続くのはこの季節の特徴だ。だからもう食生活はすっかり夏仕様である。早くも素麺や冷麦が繰り返し食卓に上るようになった。まあ調理が短時間で済むという理由もあるのだが。
家人との間で毎夏のように決まって蒸し返される論争の種がある。ほかでもない、素麺と冷麦との違いについてである。実は二年前にも同じ話題を取り上げたことがあるので以下に再掲してみよう。ただし、どういう弾みか旧仮名・旧漢字の記事なのをご容赦いただきたい。
今日も蒸し暑いが、薄曇で直射日光が差さない分まだしも耐へられる暑さだ。それでも午前中から窓邊の温度計は疾うに二十九度を超へてゐる。
こんな季節なので晝時に素麵が食べたくなつた。
買ひ置きはなかつたので近所のスーパーへ自轉車を走らせる。簡便に濟ます爲に麵つゆも倂せて購入。さつと茹でた麵を冷水で洗つて、氷を浮かべた麵つゆに漬けてつるつると食する。うゝむ旨い、是は絶品である。
前々から疑問に思つてゐたのだが、素麵と冷麥との違ひは何處にあるのだらう。
調べてみると、两者の違ひはほんの僅か。JASの規格に據れば、麵の太さ(直径)1.3粍未滿のものを「素麵」、1.3粍以上1.7粍未滿のものを「冷麥」、それ以上のものを饂飩と稱するのだとか。要するに三者はどれも小麥粉を水と鹽で練つて拵へる點で變はらない。但し素麵は練り込む際に植物油を加へるのが常だといふから、この油分から獨特の風味が生まれるらしい。成程なあ。
もうひとつ、素麺や冷麥といふと決まつてピンクや緑に着色された麵がほんの少しだけ(一把に二、三本位)混ぜてあるのはどうしてなのか。
子供の頃あれが嬉しくて、わざわざ取り除けて最後に食べたりした。さう家人に話すと「私もあれが愉しみだつた」と云ふ。今日の素麵にも數本ちやんと入つてゐたので、そつと摘んで噛みしめてみたが別段異なつた味がする譯でもない。
この夏は素麵や冷麥の出番が増へさうな豫感がする。冷やし中華もいゝけどね。
いやはや無知蒙昧とは哀れなもので、上に引いた文章にはいくつも誤謬がある。改めて調べ直して判明した、どうやら正しそうな情報を以下に記そう。
まず上の文中で、素麺と冷麦との違いをもっぱら麺の太さ(直径)の差で説明したが、一概にそうも云えないらしい。確かに現行のJAS(日本農林規格)では饂飩・棊子麺・冷麦・素麺を以下のように分類定義している。
長径1.7mm以上・・・うどん
幅4.5mm以上、厚さ2.0mm未満・・・きしめん
長径1.3mm以上 1.7mm未満・・・ひやむぎ
長径1.3mm未満・・・そうめん
ただし、この区分はあくまでJASの「乾めん類品質表示基準」に則ったもので、乾麺すなわち機械製法で作られた麺にのみ該当する。それ以外の「手延べ」製法に拠る麺はJASでは「 手延べ干しめん」と一括され、以下のように区分される。
長径1.7mm以上・・・手延べうどん
長径1.7mm未満・・・手延べひやむぎ または 手延べそうめん
つまり手延べ麺に関しては、冷麦と素麺の間に法令上の違いは無くなってしまった(2004年の改訂以降)。だから太さ1.7ミリ未満ならば、どちらの呼称を名乗っても一向に差し支えない。業界の基準がこうなのだから、素人の私たちが両者を見分けるのは至難の業。菖蒲
(あやめ)と杜若
(かきつばた)を識別するようなものだ。
第二の誤謬は材料に関するものだ。文中で「
但し素麵は練り込む際に植物油を加へるのが常だといふから、この油分から獨特の風味が生まれるらしい」と(広辞苑に拠りつつ)知たり顔で書いたのだが、手近な冷麦と素麺(無論どちらも安価な「乾麺」である)の外袋の成分表示に実際あたってみると、なんと植物油は双方に含まれている。原材料に殆ど差異はないらしいのだ。安易に広辞苑なぞを頼ったのが間違いだった(この辞書に誤りが多いのは昔から編集業界の常識である)。
そして第三の思い違いは色彩である。すなわち、ほんの少し混入している色つき麺のことだ。小生は素麺のなかに赤や緑の麺を見出して頻りに懐かしがっているが、これがどうやら違うらしい。記憶のなかで色つき麺が混ぜてあったのは実は冷麦だったようだ。ウィキペディアの「ひやむぎ」の項にこうある。
ひやむぎの麺に赤や緑の彩色麺が数本入っている場合もある(そうめんにも入っているケースがある)。これは、製麺所がひやむぎの麺束にこれらの彩色麺を混入しているためで、これによりそうめんとひやむぎを区別していた。この風習は1980年代後半までは関東地方(東京)などを中心に多く見られたが、1990年代には徐々に縮小していき、大多数が白一色のひやむぎになってしまった。しかしその一方で揖保乃糸など一部の製造業者が現在でもこの風習を続けている。色のついた麺が入っていると子供が喜ぶ為、近年ではそうめんにも入れられていることがある。
成程ねえ。素麺と区別しやすいように、目印として冷麦に色つき麺を混ぜ込んだ、ということらしい。関東では1980年代後半までそうだったというのだから、小生がノスタルジックに懐かしむ着色麺入りの麺(60年代前半)とは、素麺ではなく冷麦だったとほぼ断定できそうだ。云われてみれば遙か昔、母からそう教わったような気がする。「色つき麺の入ってるほうが冷麦よ」と。
念のため、別のサイトで確認すると、やはりそうだ。「
そうめんやひやむぎに入っているピンクや緑の麺って何?」という重宝な記事(
→ここ)に拠ると、取材に応じた「揖保の糸」の販売元がこう答えている。「ひやむぎを召し上がっていただく際に、食感だけではなく、見た目にも涼しさ、爽やかさを感じていただきながら楽しく食していただきたいと考え、ひやむぎ一把に数本ずつ色麺を入れています。白いひやむぎの中にちらと見える色麺は大変趣があります。視覚的にも、また食べたいなと思っていただける効果を期待し、ほんの数本だけ入れています」。
確かにそうだ。徒らにカラフルにするのではなく、白一色のなかにほんの数本だけの彩りというところが肝腎だ。床しいし、涼しげだし、なによりも有難味がある。因みに店頭でみかける「揖保の糸」銘柄の素麺は決まって白一色、冷麦にだけ着色麺が混じっている。やはりこれが伝統的に正しいありようなのだ。
さてと、今日はどちらの麺を茹でようかな。