ここ東京では毎日のように夥しい数のクラシカル演奏会が催されているが、その大半は常套的なレパートリーを千篇一律に繰り返すばかりで、「こんな曲があったのか」という発見もなければ、プログラム構成の妙で唸らせる工夫も皆無に近い。演奏家も聴衆もおしなべて退嬰的で、疾うに好奇心を失ってしまって久しい。うわべは賑わっているようでも、実際は沙漠のように枯渇した都会なのである。
だが沙漠にも不意にオアシスが出現する。今朝はその泉水で渇きを癒してきた。
虫のカタログ
カフコンス 第百一回
2013年4月28日 午前11時~11時50分
東京・本郷、金魚坂
シャルル・アルカン:
■ 蟋蟀 ~夜想曲 第四番 (1859)
バンジャマン・ゴダール:
■ 蜜蜂 (1878頃)*
エルネスト・ショーソン:
■ 蝉 (1885~87)*
ジャン・フランセ:
■ 甲虫(カブトムシ) ■ 百足 ~「昆虫館」(1953)
ジャン・ヴィエネール:
■ 蝸牛 ■ 蟻 ■ 蝶 ■ 蛍 ~「おはなしうた」(1954~55)*
ルーズ・ランゴー:
■ 大蚊(ガガンボ) ■ 馬陸(ヤスデ) ■ 死番虫 ■ 蚊 ~「昆虫館」(1917)
ベンジャミン・ブリテン:
■ 飛蝗 ■ 雀蜂 ~「二つの昆虫の小品」(1935)***
ヴィヴィアン・ファイン:
■ 夜、蜘蛛は縫う ~「エミリーのイメージ」(1987)
ジェフ・マヌーキアン:
■ あなたの蠅より ~「八つの歌」(2005)*
ニコライ・リムスキー=コルサコフ:
■ 熊蜂の飛行 ~歌劇「サルタン皇帝の物語」(1900)* **
カミーユ・サン=サーンス:
■ 天道虫 (1868)* ■ 蜻蛉 (1893)*
(アンコール)
ヴィンチェンツォ・ビッリ:
■ 蟋蟀は歌う* ** ***
ソプラノ/渡辺有香里*
フルート/山本葵**
オーボエ/若木麻有***
ピアノ/川北祥子
今日のオアシスには虫が一杯だ。全部で二十種もいる(蝸牛は虫ぢゃないって? いいのだ、デンデンムシなのだから)。各国の近・現代音楽から昆虫に因んだ小品ばかり二十曲(プラス、アンコール一曲)。いやはや、よくぞ採集してきたものだ。過半の楽曲は寡聞にして存在すら知らなかった。ピアニストにして企画者の川北祥子さんの博識・博捜ぶりには脱帽である。
虫の営みを通して古代への憧れを仄めかすショーソンやサン=サーンスのロマンティックな歌曲もいいが、虫たちの姿態をウィッティに描写したフランセのピアノ独奏曲もお洒落で愉しい。ブリテンに昆虫を活写したオーボエ曲があったなんて知らなかったなあ。どれも初めて耳にした。ただ一曲、広く人口に膾炙したリムスキー=コルサコフ「熊蜂の飛行」ですら、フルートの名人芸に加え、プーシキンによるオリジナル歌詞入りだというのだから、凝りに凝った入念な選曲である。
かてて加えて、ここには隠された仕掛けがあって、冒頭のアルカンは今年で生誕二百年、ブリテンとファインはそれぞれ生誕百年になる。虫尽くしに仮託したアニヴァーサリー・コンサートでもあったのである。
個人的には、つい先日たまたま話題にしたばかりのジャン・ヴィエネール(
→ここ)の楽曲、それもロベール・デスノスの遺作詩集(
→拙紹介)に附曲した素敵に愛おしい歌曲集「
おはなしうた Chantefables」から、四曲も選ばれているのに感激。生で聴けるなんて夢のようだなあ。
こういう演奏会があるから東京沙漠も捨てたもんぢゃないという気がする。客席に居合わせた虫愛ずる(?)十九名はいかにも幸せそうだった。
2003年に荻窪の名曲喫茶で始まった月例コンサート「
カフコンス Cafconc」は、笹塚の小ホテルを経て、今はここ本郷三丁目の金魚屋(!)が営む瀟洒な喫茶店で開催されている。先月には目出度く第百回を迎えた。小粒ながらダイヤモンドのように煌めく魅惑の連続演奏会に栄光あれ!