蒸し暑さにめげそうになりながら早稲田キャンパスに辿り着く。その一郭でなんとも好奇心をそそる催しがあると知り、家人を誘って馳せ参じたのである。まずは顔の汗を拭い、ボトルから水分を補給。
幻灯上映企画
幻灯:光の紙芝居
「ドキュメンタリー・ドリーム・ショー2012」の一環として、下記のとおり幻灯上映会を開催します。この上映会は早稲田大学 演劇映像学連携研究拠点平成24年度公募研究「『映画以後』の幻灯史に関する基礎的研究」(研究代表者:鷲谷花)が共催するものです。
■ 日時/9月16日(日) 15:00-17:10
■ 会場/早稲田大学 大隈記念タワー(26号館)地下多目的講義室
■ 料金/無料
■ 語り/宝井琴柑 (講談師)
■ 進行・解説/鷲谷花 (映画史研究)
■ 上映作品/
ぼくのかあちゃん 1953 カラー(手彩色)
製作/東大セツルメント川崎こども会、構成/加古里子、
協力・配給/日本幻灯文化社
神戸映画資料館蔵(関西幻灯センター旧蔵)
※IMAGICA復元版
われらかく斗う 激斗63日 1953 モノクロ
製作/日本炭鉱労働組合、配給/日本幻灯文化社
神戸映画資料館蔵(関西幻灯センター旧蔵)
トラちゃんと花嫁 製作年不詳(1950頃?) カラー
製作/小西六寫眞工業株式會社、作/松嵜與志人、画/古沢日出夫
大阪国際児童文学館蔵
※政岡憲三作の同名短編アニメーション映画の幻灯版
モスクワの地下鉄──地下の宮殿── 製作年不詳(1955頃) モノクロ
製作/星映社
神戸映画資料館蔵(関西幻灯センター旧蔵)
嫁の座 1954 カラー(手彩色)
製作/朝日スライド、出演/山形県南村山郡滝山村の阿部善勇氏一家
神戸映画資料館蔵(関西幻灯センター旧蔵)
※IMAGICA復元版
■ 概要/
「幻灯」───光源とレンズを利用した静止画像の拡大映写装置───は、19世紀末の映画の誕生に際して、技術面でも興行文化面でも多大な影響を及ぼしたことか ら、もっぱら「映画以前」の映像メディアとして関心を集めてきました。反面、「映画以後」の幻灯の運命については、映画の大衆的メディアとしての本格的普 及とともに歴史的役割を終え、衰退していったと、従来は理解されてきました。
しかし、日本における幻灯は、戦時国策教育メディアとして1941年前後に復興を果たし、占領期にも、視聴覚教育を重視した占領政策のもと着実に需要を伸ばし、そして戦後の一時期にめざましい発展を遂げることになります。幻灯は学校・社会教育の場で視聴覚教材として活用されたばかりでなく、誰にでも作り、上映することのできる映像メディアとして、社会福祉運動、労働運動、反基地運動、原水禁運動など、戦後に勃興したさまざまな社会運動の教育宣伝目的に幅広く活用されました。
今回は、神戸映画資料館に保管されていた貴重な幻灯フィルムを、幻灯機を用いて上映し、併せて1950年代の幻灯史に関するレクチャーを行います。「前映画」にも「映画の代用品」にも留まりきらない独自のポテンシャルをもつメディアとしての幻灯を再発見する貴重な機会にお立ち会いください。
物心ついた60年代半ば、「幻灯」という言葉は疾うに「スライド」に取って代わられ死語となりかけていた。宮沢賢治の童話のなかでしかお目にかかれぬ懐かしくも時代がかった名称であった。1973年頃だったか、美術史の授業でひとしきり概説を語り終えた教授が「
さあ、そろそろ幻灯を映そうか」と口にしたとき、教室のほうぼうから噛み殺した失笑が漏れ聞こえたものだ。
映画誕生前夜の見世物「マジック・ランタン」に端を発する旧式の映写装置で、小生の時代とはおよそ縁遠いとばかり思い込んでいた「幻灯」が、日本ではなんと戦中から戦後にかけて第二の全盛期を迎えていたというのだから驚きだ。しかも硬軟とり混ぜて多種多様な教育・宣伝メディアとして重宝がられていた。今回この機会に発掘上映された五本も実にヴァラエティ豊か。質はまあいろいろだ。製作は1950年代前半だというから、ちょうど小生や家人の幼少期に合致する。
ひとことで括るならば、なんらかの主張を世に拡めるための安価で大衆的な映像メディアだったということか。まさしく「光の紙芝居」とも「静止画像のプロパガンダ」ともいえそう。何しろ映写機は当時は広く普及していたというし、35ミリ・フィルムが十~数十駒あれば事足りる。カラー化もさして難しくない(手彩色も多用された由)。ただし上映時には台本を朗読する巧みな弁士が必要なのだが、労働組合や社会運動の現場だったら弁のたつ者には事欠かなかったろう。
宝井琴柑さんの語りはさすが立板に水の流暢と雄弁で満場の聴衆を飽きさせない。ここまで達者な弁士がいたら往時のプロパガンダも鬼に金棒だったろう。忘却の淵に沈んでいた幻灯作品を発掘・探究し、今回の上映に漕ぎつけた主宰者である気鋭の映画史家
鷲谷花さんの労を多としたい。配布資料の周到さにも脱帽。
それにしても、この地味な催しに数十人の熱心な観衆が参集したのにも吃驚。幻灯という秘密めいたメディアはさまざまな好奇心を惹起するのであろう。