(承前)
そのあと遅い昼食を
ハンブルガーバーンホフの美術館食堂で簡便に済ました。どういう具合か疲れはすっかり雲散霧消し、心身共に絶好調のような気になった。勿論そう思うのは錯覚で、実際は疲労困憊の極にあった筈なのだが、徹夜明けの日のような一種の爽快感を覚え、ナチュラル・ハイの様相を呈したのである。
さあこれから何処へ行こう?
まずは路線図を見ながら地下鉄で
ポツダム広場に移動。地上に出ると超モダンな巨大建築の林立するさまに度肝を抜かれる。驚いたなあ、八年前の1995年にこの界隈を徘徊した際にはうら寂しい街外れだった。荒涼たる雰囲気の漂う場末だった。ほんの数年前まで附近をベルリンの壁が東西を分断していたからだ。再訪してみて目を瞠った。とても現実とは思えぬ凄まじい変貌ぶりだ。
好奇心にかられ目を爛々と輝かせつつ、真新しい現代建築の展示場のような眩い街区を彷徨い歩く。なんだか近未来映画の作中人物になったような夢うつつの気分。端から見たら幽鬼さながら、さぞかし異様な歩行者だったろう。
繁華街をあとにガイドブックを頼りになおも歩くと写真では馴染深い建物に出くわした。ベルリン・フィルの本拠地
フィルハーモニーザールである(俗称「カラヤン・サーカス」)。吸い寄せられるようにポスターを見たら折悪しく今夜はコンサートはないらしい。ただし小ホールで室内楽をやるというので案内所に赴き切符を手配。とはいうものの開始時刻まであと三時間以上もある。
更に手元の地図を調べてみると、通りを隔てて向かいに建つ近代的な建築群は
クンストフォールム Kunstforum といい、どうやら美術館であるらしい。入口の地図には「絵画館 Gemäldegalerie」なる註記もある。
ベルリンの国立美術館は複数あり、その配置と分布は複雑である。いや、本来は分野毎・時代別の美術館群を一箇所に集結した「博物館島 Museumsinsel」(東京で云うと上野のような場所)を訪問するだけで充分だったのだが、第二次大戦後のベルリン分断により、美術館も収蔵作品も双方に泣き別れ状態となった。戦時中の疎開先の如何によりコレクションが東西に分散してしまったのだ。
地図にあった「絵画館」の表示を見てピンと閃いた。ここには戦後ずっとこの街の東と西の美術館に分断されていた泰西名画が集結しているのではないか?
まさしく予想は的中した。モダンな装いの建物とは裏腹に、ここは欧州古典絵画の宝庫だった。往時は「博物館島」のカイザー=フリードリヒ美術館に収蔵されていたであろう珠玉の名品が六十年ぶりに一堂に会した、といったらいいのか。この館こそはベルリンに残るヨーロッパ絵画の「終の棲家」だったのである。
あれも! これも! どちらを向いても垂涎の絵ばかり。あまりの素晴らしさに手の舞い足の踏む処を知らず。声にならぬ快哉を叫びたくなった。
(明日につづく)