ひょんな経緯から未知のピアニストの演奏会に赴いた。長くフランスで活躍されている
バルボット成江 Masaé Gimbayashi-Barbotte さんの年に一度の帰国リサイタルだ。会場は渋谷から十分ほど歩いた松濤の住宅街にある小さなサロン。ここで
ポール・パレーのピアノ曲の日本初演があるというのだから驚きだ。一も二もなく在仏の御本人に連絡して席を予約した。
二か月ほど前だったろうか、物故した仏人女性ピアニストのカトリーヌ・コラールについて調べていて、彼女に習ったことがあるという成江さんのサイトに辿り着き、そこでパレー作品を含むリサイタルの開催を知ったのだ。
Masaé Barbotte Piano Recital 2012
モダンクラシックスの旅 vol. 4
タカギクラヴィア松涛サロン
17:00~
ドビュッシー:
組み合わされたアルペッジョのための練習曲
夜想曲
沈める寺 ~前奏曲 第一巻
妖精たちは妙なる踊り手 ~前奏曲 第二巻
ヒース野 ~前奏曲 第二巻
水の精 ~前奏曲 第二巻
ラヴェル:
ソナティネ
―休憩―
パレー Paul Paray:
郷愁、雲間 ~「印象 Impressions」(日本初演)
ハリザノス Nickos Harizanos:
白い子守唄(日本初演)
安田芙充央:
花曲
ケージ John Cage:
オフィーリア
(アンコール)
ケージ:
イン・ア・ランドスケープ
HPで自ら語るところに拠ると成江さんは日本では音楽学校に通わず、OL生活を経たのち一念発起しパリのエコール・ノルマルに進まれた由。仏人の伴侶を得て今はボーヴェという街に住み、ピアノ講師の傍ら演奏活動に精進される。フランスとアメリカの20世紀作品を得意とするほか、ジャズにも意欲を示す方らしい。
今夕の曲目は生誕百五十年のドビュッシーと生誕百年のジョン・ケージに因んで構成したものだという前口上からリサイタルは始まる。
冒頭のドビュッシーが実にいい。どの曲もよく弾き込まれていて、美しい音の粒だちはフランス人顔負け。ムーディにもクールにも偏らず誠実な愛着が滲む演奏が好もしい。夜想曲の抒情にうっとりする。続くラヴェルのソナチネも個性的な解釈で悪くないが、ちょっと意識が表に出て自然な流れが滞った感もあった。
ここで小休憩。小生の席のすぐ前に坐る可愛い少女は周囲の皆から挨拶されている。察するに奏者のお嬢さんであるらしい。
どういう訳か、このところポール・パレーづいている。リサイタルの開催を知った矢先、吉祥寺の中古音盤店でピアノ曲全集の楽譜やら、1926年刊の稀少な協奏作品の譜面やらを発掘した。何かの天啓なのだろうか。もっとパレーを極めろ、と。成江さんはたまたま知り合った写真家がなんとパレー翁の甥の孫(!)だった縁で、彼からピアノ曲集の楽譜(小生の入手したのと同じ2010年刊の Editions Jobert の全集だろう)を託されたのだという。奇遇というべき成り行きだ。
このパレーのピアノ曲「
印象」は1912年の作。ローマ賞を受賞後ヴィッラ・メディチ滞在時の印象を音にしたものという。奏されたのは三曲中の二曲(おしまいの "Primesaut" は省略)というのが心残りだが、演奏そのものは心の籠った周到なものだ。「春の祭典」や「遊戯」と同じ頃の作とは俄かに信じられぬ古風な音楽で、ショパンとフォーレの面影を髣髴とさす。雰囲気のある美しい曲ではある。
そのあとの演奏ではジョン・ケージが聴きものだ。もともと舞踊を伴う楽曲だそうで、生で聴く機会は珍しいと思う。初期のケージらしい、時としてハッとするような美しさを醸す佳曲。アンコールに奏された「イン・ア・ランドスケープ」も良かった。
あっと云う間の一時間半だった。 成江さんは毎年のように帰国リサイタルを催されているという。次の機会が待ち遠しい。うっとり夢心地だったので、さしもの渋谷の喧騒もまるで耳目に届かず。夢遊病者のように駅までそぞろ歩いた。