いつの間にか六月になってしまった。いやはや時の経つのは早いことだ。うかうかしてはいられない、福島行きも間近に迫っている。
昨日たまたまドビュッシーのCD(ジャン=クロード・カサドシュ指揮「
海」「
選ばれた乙女」「
夜想曲」)を手に取ったとき「おや」と思った。このジャケット装画にはどこかで見憶えがあるぞ、と(
→これ)。
収録曲「海」に因んだ選択なのは明らかだが、北斎の「海(神奈川沖浪裏)」を安易に用いず、自国のあまり馴染がない海景画をわざわざ探し出したセンスにちょっと感心した。ナビ派の画家
ジョルジュ・ラコンブ Georges Lacombe(1868~1916)の《
青の海景、波の効果 Marine bleue, effet de vagues》(1893頃)という作品。こんな絵、知らなかったでしょう? 小生もジャポニスム関連の画集か何かでちらと見た記憶が微かにあるだけ。レンヌ美術館の蔵品だという(
→完全な画像)。
制作年こそ十年ほど先駆けるものの、ドビュッシーの「海」とほぼ時期を同じくする絵だし、共に北斎版画への仏人側からのオマージュもしくは返歌という共通項もあるから、この選択はなかなかに奥が深い。作曲家と画家の生歿年が近接しており、親交こそなかったろうが、完全に同時代人だった点も見逃がせない。
昨日「おや」「どこかで見憶えがあるぞ」と思ったのにはもうひとつ理由がある。同じこの絵が全く別のCD装画にも使用されているからなのだ(
→これ)。
トマス・ハンプソンが独唱する
ディーリアス畢生の傑作「海流/海の彷徨/藻塩草 Sea Drift」、といっても、先日ここで紹介したBBC Magazine の附録CDとは異なり、二十年以上も前の若き日にチャールズ・マッケラス卿と共演したディスクである。
ディーリアス:
海流*
フロリダ組曲
バリトン/トマス・ハンプソン*
チャールズ・マッケラス卿指揮
ウェールズ・ナショナル・オペラ合唱団・管弦楽団
1990年8月、スウォンシー、ブラングウィン・ホール
Argo 430 206-2 (1991)
むむ、こちらも「おぬし、やるな」である。ディーリアスは英国作曲家に分類されるが、青年期には世紀末巴里の毒にどっぷり染まった人物でもあり、やがて視力と四肢の自由を奪う梅毒に罹ったのも往時の放蕩生活の報いだった。ポール・ゴーギャンとは昵懇の間柄で、あの震撼すべき油絵「
ネヴァモア」の最初の所蔵者だった事実は夙に名高い(詳しくは
→ネヴァモアに魅入られて)。だからラコンブのようなナビ派の画家とも無関係ぢゃない、どころか深い因縁があったというべきだろう。
本CD製作者がそこまで智慧を働かしたか否かは不明だが、ディーリアスの世紀末音楽にラコンブの海景画は実によく似合う。作曲者当人もきっと喜ぶに違いない。