金環蝕が東京周辺で起こったのは1839年以来なのだという。次回は2312年。だからあと三百年は見ることが叶わない。まさに一生で一度きりの椿事なのだ。
遠い昔のことになるが、これにきわめて類似した、かなり大きく欠けた部分日蝕ならば観たという微かな憶えがある。幼稚園児の頃、父の赴任先の佐賀で遭遇した。今もそのときの常ならぬ雰囲気をなんとなく思い出す。
ちょっと調べたら1958年4月19日のことだという。九州と種子島の間の洋上のみ金環蝕になり、九州本土は部分蝕だったそうな。なにぶん五歳児の体験なのでたいそう朧ろげだが、周囲の地面の木漏れ日が悉く三日月状になって見えたという光景が記憶の底から浮かび上がる。時は真昼、幼稚園の庭だったような気がする。
こうして思い出そうとするうち、だんだん怪しく思えてきた。あの記憶は実は本物ではなく、母から聞かされた話がいつしか自分自身の見聞のように誤って刷り込まれた偽物なのぢゃないか。その後「アサヒグラフ」で日蝕時の木漏れ日の写真を見た憶えもあるので、それとの混同かもしれない。幼児期の記憶の多くはのちの捏造なのだそうだから、全くもって信用ならないのだ。
それはそれとして、いつの日か皆既日蝕をこの目で見たいというのが小学生の頃からの切なる願望である。所詮は叶わぬ夢と知りながら、今だに諦めきれない。大昔こんな罪作りな文章を読んでしまったからだ。
しかし、この短かい時間に見られる皆既日食は、あらゆる自然現象の中で最も壮厳をきわめる。新月の黒い円板が西がわから魔物のように太陽面に食い込んで行き、やがて東のはしに三日月の影を残すだけになると、空も、地面も異様な赤がね色となり、大気の温度は急速に下り、草木は花を閉じ、鳥はねぐらに帰り、犬は悲しげに吠える。
そのうちに、西の方から、月の不吉な影がさっと突進してくると、たちまち皆既になって、その瞬間に月のぎざぎざのへりから太陽の光がもれて、ペイリーの数珠が現われる。
やがて、それも消えると、空は満月の夜ほどの暗さとなり、一等級の星や惑星が輝き出す。そして黒い月のへりに、太陽のまっ赤な彩層が見え、そこから紅炎が地獄の妖火のようにひらめき、コロナが八方へ真珠光の花がさをひろげる。[原文総ルビ]
うわあ半世紀ぶりに読み返したのだが、やっぱりワクワク、ゾクゾクする。
「
新月の黒い円板が西がわから魔物のように太陽面に食い込んで」「
大気の温度は急速に下り、草木は花を閉じ、鳥はねぐらに帰り、犬は悲しげに吠える」というあたりの迫真の名調子ぶりはどうだ!
この講談師も顔負けの語り口にぞっこん参って天文少年となった小学生も少なくなかろう。小生もその端くれなのである。文章の主は云うまでもない、
野尻抱影その人だ。稀代の名著「
天体と宇宙」(偕成社版・図説シリーズ6、1962)から引いた。