モーリス・センダックの絵本は昨年の大整理であらかた手放してしまった。架蔵するのはほんの数冊だろうか。だから故人を偲ぶよすがとて僅かしかない。辛うじて手元に残ったのは初期の名作から
"Kenny's Window" (1956: ケニーのまど)
"Let's Be Enemies" (1961: きみなんかだいきらいさ)
"Mr. Rabbit and the Lovely Present" (1962: うさぎさんてつだってほしいの)
位だろうか。あとは物語絵本ではないが、大判の楽譜集 "
Lullabies and Night Songs"(1964)を愛蔵している(
→これ)。マザーグース古謡やブレイク、テニソン卿、スティーヴンソン、ファージョンらの詩に
アレック・ワイルダーが新たに附曲し、全頁にセンダックが水彩で古雅なヴィニェット画を描いた。ひっそり夜の風情が漂う秀逸な一冊だ。今もしばしば開いてみたくなる(これは昔LPにもなった。
→これ)。
この楽譜集でアレック・ワイルダーと協働したのを皮切りに、センダックはさまざまな形で音楽と関わりをもった。昨夜しみじみ聴き惚れたキャロル・キングとの合作アニメ・ミュージカル《
リアリー・ロージー》(1975)がそうだったし、これを拡大した舞台版ミュージカル(オフ・ブロードウェイ、1980)も存在する。80年代には歌劇の分野にも果敢に進出し、ヒューストン・グランド・オペラ《
魔笛》(1980)、ニューヨーク・シティ・オペラ《
利口な女狐の物語》(1981)の舞台美術で高い評価を得た。
ほどなく英国グラインドボーン歌劇場の招きで大西洋を渡ったセンダックは1982年プロココフィエフ《
三つのオレンジへの恋》を手始めに、ラヴェルの《
スペインの時》《
子供と魔法》、そして自作絵本を元に自ら台本を書き、オリヴァー・ナッセンが作曲した《
怪獣たちのいるところ》《
ヒグルティ・ピグルティ・ポップ!》の計五作の舞台美術をたて続けに手がけ、この分野での名声を恣にした。当時その情報を漏れ聞いた小生は「あゝグラインドボーンへ行きたしと思へど...」の心境で歯嚙みし、入手した公演ヴィデオを通して夢のように奇想天外な舞台を遙かに想像したのだった。
だから映像を眺めるのが早道だが、生憎ⅤHSしか架蔵しない。なので方針変更。
"Knussen conducts Knussen"
オリヴァー・ナッセン:
花火繚乱 作品22*
ヤンダー城への道 作品21a ~《ヒグルティ・ピグルティ・ポップ!》抜粋曲**
二つのオルガーナ 作品27***
ホルン協奏曲 作品28****
人形宮廷のための音楽 作品11*****
ホイットマン歌曲集 作品25a******
「一音の上に...」(パーセルに拠る幻想曲)*******
ホルン/バリー・タックウェル****
ソプラノ/ルーシー・シェルトン******
オリヴァー・ナッセン指揮
ロンドン・シンフォニエッタ
1995年10月、ロンドン、ヘンリー・ウッド・ホール** **** *****、12月、ロンドン、オール・ハロウズ・ゴスペル・オーク* *** ****** *******
Deutsche Grammophon 449 572-2 (1996)
オペラ《ヒグルティ・ピグルティ・ポップ!》(じんぐうてるお訳の「ふふふん へへへん ぽん!」という邦題はどうも語感が嫌いだ)からのポ=プリ(抜粋曲)「ヤンダー城への道」はたしか2001年に来日したナッセン自身の指揮で実演を聴いた憶えがある。実に目の醒めるような音楽だ。
アルバム中でセンダックゆかりの曲はこの「ヤンダー城への道」のみなのだが、その代わり本CDには得難い長所がある。アルバム・カヴァーをセンダック自ら描いているからだ(
→これ)。月光下の寂しい岩陰でホルンを吹く隠者の傍らに鷲が二羽。その隠者には顔がない! なんとも魅惑的な戦慄の漂う秀逸な装画なのである。
(二日後の附記)
上の記事中「月光下の寂しい岩陰でホルンを吹く隠者」と書いたが、顔のないこの奇怪な人物こそはセンダックに拠れば悪事を働く「ゴブリン」なのである。絵本「まどのそとの そのまたむこう Outside Over There」(1981)を再読して判った。