家人が美味しい味噌を買いに行きたいと云う。なんでも練馬区に「
東京で唯一、自家製の醗酵味噌を作っている店」があるのだそうだ。所在地は西武池袋線の中村橋駅から程近い場所らしい。知らなかったなあ。長いこと住んだ界隈なのに。
麗らかな陽気だし、ならば一緒にと同行。折角なのでひとつ先の富士見台を探索。懐かしさに駆られ、十七年前まで住んでいた貫井町の界隈をあちこち彷徨う。環状八号線が近くを横切るようになって往時の面影が損なわれたのは残念だ。
そこから隣の中村橋までは歩いても遠くない。この街の練馬区立美術館で開催中の「
バルビエ×ラブルール展」をちょっと覗く。一年前のグランヴィル展に引き続き「鹿島茂コレクション」と副題された秘蔵作品の展観だ。情熱を傾け蒐集した同氏には誠に相済まぬが、ジャン=エミール・ラブルールはともかく、ジョルジュ・バルビエはいかにも下手糞で俗っぽい挿絵画家だ。人体を描く技量は稚拙そのもの。色彩は悪趣味、輪郭線も単調で閃きを欠く。一体全体どこに大枚を叩く魅力があるのやらサッパリ判らぬ。うんざりして足早に通過。不毛な小一時間だった。
そうだった、今日の中村橋訪問の主たる目的は味噌なのだと気を取り直す。
目指す味噌店「
糀屋三郎右衛門 昔みそ」は住宅街のなかにひっそり佇んでいて探すのに難儀した。古い平屋建の工場の敷地に足を踏み入れると、ぷうんと甘く香ばしい匂いがする。戸口にある呼び鈴を押すと奥から係の女性が現れ、気さくに説明してくれた。もともと茨城で味噌製造を営む旧家だったが上京し戦前からこの場所で開業、七十年以上も味噌づくり一筋にやってきたとのこと。都内で味噌を自家製するのはやはりここだけだそうだ。
販売所に並んだ味噌は何種類もあってどれを選ぶか迷ってしまうが、「初めての方にはまずこれから」という彼女の懇切な奨めに従い、赤味噌の「京の里」、白味噌の「おふくろ自慢」甘口を手にした。ずっしり持ち重りする。
そのあと裏通りをのんびり散策。暫く南下すると僅かにまだ畑が残る鄙びた一郭があり、家人によると「
昔この近辺のアパートに下宿していた」と云う。なにぶん三十年以上も前のこと故「もう建物は残ってないよ」と受け流していたら、なんと往時のままの姿で老朽化した下駄履きアパートが出現したのには吃驚。よくぞまあ壊されずに残っていたものだ。
もうこの辺りは中野区鷺宮。暫く行くと西武新宿線の駅がある。この時点で家人の万歩計は一万四千歩を突破。流石に足が痛い。喉も乾いたので駅前の珈琲店で一服。帰路は高田馬場まで戻って東西線経由で。歩き疲れて車中では熟睡した。