原則としてもう新たにディスクは増やさない。昨年やっとの思いで数千枚のCDを手放した際そう心に決めたし家人にもそう約束した。ただし何事にも例外というものはある。ストラヴィンスキー「兵士の物語」、プーランク「人間の声」、エルガー「海の絵」など、ごくごく少数の鍾愛曲については細々と収集を続ける方針だ。
そういう次第で手に入れた新譜。これを聴かぬという訳にはいかないだろう。今年はドビュッシー生誕百五十年記念でもあることだし。
"Camille Maurane: coffret du centenaire"
ドビュッシー:
歌劇『ペレアスとメリザンド』
バリトン・マルタン(ペレアス)/カミーユ・モラーヌ
ソプラノ(メリザンド)/シュザンヌ・ダンコ
バリトン(ゴロー)/モーリス・ド・グロート
メゾソプラノ(ジュヌヴィエーヴ)/クリスティアーヌ・ゲロー
バス(アルケル王)/アンドレ・ヴェシエール
ソプラノ(イニョルド)/マージョリー・ウェストバリー
バリトン(羊飼、医師)/マルセル・ヴィニュロン
フランス放送合唱団
デジレ=エミール・アンゲルブレシュト指揮
フランス放送国立管弦楽団
1952年4月29日、パリ、シャンゼリゼ劇場(放送録音)
ビゼー:
喜歌劇『ミラクル博士』
バリトン・マルタン(パドヴァの代官)/カミーユ・モラーヌ
テノール(シルヴィオ大将、ミラクル博士)/ミシェル・アメル
ソプラノ(ローレット)/ドニーズ・ブールサン
ソプラノ(ヴェロニック)/フレーダ・ベッティ
モーリス・ソレ指揮
フランス放送国立管弦楽団
1952年2月18日、パリ(実況)
■附録
ラジオ番組「モラーヌ追悼」(2010)
INA france musique FRF 019/022 (2012)
アンゲルブレシュト指揮でモラーヌとダンコが共演した『ペレアスとメリザンド』の録音が現存する。しかもこの歌劇の初演五十周年を寿いだ記念演奏なのだという。この驚くべき演奏の存在には七年ほど前から気付いていた。部分的にだがその録音がCDで発売されたからだ。夢のようなそのディスクについては当ブログでも少し前に紹介したことがある(
→「アンゲルブレシュト拾遺」)。
くどいようだがその記事から要点を抜粋再録しよう。
[...] アルバムの白眉はなんと云ってもアンゲルブレシュト御大の『ペレアス』だろう。しかもこれは世界初演五十周年を記念する晴れの舞台(演奏会形式)なのだ。指揮は第一人者アンゲルブレシュト、ペレアスは嵌り役カミーユ・モラーヌ、メリザンドにはベルギーから名花シュザンヌ・ダンコが抜擢された。
彼女はジュネーヴでアンセルメの指揮によるLP時代初の全曲録音を仕上げたばかり。満を持してのパリ入りだったろうが、ライヴァルの某ソプラノから横槍が入り、急遽シャンゼリゼ公演は客を入れない非公開収録(五十周年の催しというのに!)となってしまった由。にもかかわらず、これが驚くほどの素晴らしさなのである。
アンゲルブレシュトは結局『ペレアス』の正規録音を遺さなかったが、放送局には数種の全曲録音が存在する。広く人口に膾炙する1962年のドビュッシー生誕百年祭での演奏会形式上演(ステレオ収録!)と翌63年のシャンゼリゼ劇場での舞台実況はいずれ甲乙つけがたい名演奏(ペレアス役は前者がジャック・ジャンサン、後者がカミーユ・モラーヌ)だが、双方でメリザンドを歌うミシュリーヌ・グランシェールがやや弱いのが難点と感じられた(希薄な存在感が適役だともいえるのだが)。
ダンコの演じるメリザンドは生身の成熟した女性を感じさせつつ、それでいて浮世離れした儚さも兼ね備えたもの。熱を帯びた独特の歌唱である。モラーヌとの共演はこれが初めての機会だったかも知れないが、宿命の男女の行く末をともに迫真の役づくりで浮かび上がらせる。アンゲルブレシュトの指揮はさすが情緒と状況を瞬時にして彷彿とさせる自在なもの。確かにこれは天下一品だ。
本ディスクはINA(国立視聴覚研究所)アーカイヴにどうやら全曲が現存するらしい実況録音から、第二幕第一場(泉と指輪)、第三幕第一場(塔と髪の毛)、第四幕第四場(密会と殺戮)の三場面を集めたもので、総計三十数分の抜粋。聴きどころをたっぷり堪能したという充足感と、まだまだ他の場面も聴きたいという望蜀の思いとが相半ばする。音質も上乗だ。やはりいずれ全曲を通して耳にしたいものである。
(まだ聴きかけ)