ちょっと必要があって納戸の片づけをしたら、永く行方不明だったジャン・コクトーの「
人間の声 La voix humaine」の稀少なLPレコードが四枚も出てきた。
一枚はプーランク作曲の一人オペラ版、それもピアノ伴奏による珍しい演奏(独唱/Anne Béranger)。残り三枚は元の芝居の録音で、創演者ベルト・ボヴィによるもの、Mova Person なる未知の女性によるもの、それに英訳版によるイングリッド・バーグマン独演("
The Human Voice")、とそれぞれ稀少な盤ばかり。しかもご大層にキチンと額装までしてある。どこかで展示でもしたのだろうか、今となってはサッパリ判らない。ともあれ滅多に探せない稀覯盤ばかりなので嬉しい。どうして見つからないのか訝しく思っていたのだ。
というわけでコクトー=プーランクの一人オペラでも聴こうかと思ったのだが、なんとなく気乗りがしない。代わりに棚から取り出した別のオペラ・ブッフを。
プーランク(バルト・フィスマン編):
歌劇「ティレジアスの乳房 Les mamelles de Tirésias」
テレーズ=ティレジアス/レナテ・アレンツ
亭主/ベルナルト・ローネン
憲兵/マテイス・ファン・デ・ヴルト
座頭/ハンス・ピーテル・ヘルマン
新聞配達女/マーイケ・ベークマン
新聞記者/レオ・ファン・デル・プラス
ラクーフ氏、息子/テレンス・ミーラウ
プレスト氏/ヤン・ヴィレム・バリエト
エト・スパニアールト指揮
オペラ・トリオンフォ
ニューウ・アンサンブル
2002年6月、アムステルダム
Brilliant 92056 (2003)
この死ぬほど可笑しい艶笑歌劇を舞台で観たのはこれまでにたった二回きり。もう三度目はないかも知れない。一度目は1999年に巴里のオペラ・コミック座(この作品の初演された小屋だ)での才気煥発たる夢のような上演、二度目は東京のとある劇場での生気を失った悪夢さながらの上演(誰とは云わぬが女性指揮者のリズム感の欠如に耳を覆った)。
プーランクの他のオペラニ作に較べ、「
ティレジアスの乳房」は格段に上演の機会に恵まれない。一時間に満たない短さが却って仇になってか、二本立上演でしか舞台に掛かる可能性がないためだろう(因みに小生の観た二回も前者はラヴェルの「スペインの時」、後者は「人間の声」とダブルビルだった)。このCDの演奏もオランダでの舞台初演に先立って収録されてものだという。
そもそも有史以来、このオペラのディスクは今に至るまでたった三種類しか存在しないのも信じられぬ事態だ。本CDはその三番目の栄誉を担う演奏なのである。室内オーケストラ伴奏(2vn, va, vc, cb, fl, ob, cl, fg, hn, tp, tb, tu, hp, pc, それにpfという十六人編成)というのがちと悲しいが、それでも結構プーランクらしい響きがする。歌唱もいささか小粒だがアンサンブルは悪くない。
それにしてもプーランクは大した男だ。1939年から44年という陰鬱な時代にかくも能天気なブッファ(といっても元のアポリネールの芝居だって初演は戦時下の1917年なのだが)を書き進めたのだから。それは軟弱さではなく寧ろ不屈の精神の証なのではなかろうか。