うっかりしていて訃報を紹介し忘れるところだった。米国映画界きっての名撮影監督
ブルース・サーティーズ Bruce Surtees が2月23日に亡くなっていた。
あらゆる映画ファンは彼の恩恵に浴している。なぜならブルース・サーティーズの名はクリント・イーストウッド映画と切っても切れない関係にあるからだ。
マンハッタン無宿 Coogan's Bluff (1968)
真昼の死闘 Two Mules for Sister Sara (1970)
白い肌の異常な夜 The Beguiled (1971)
恐怖のメロディ Play Misty For Me (1971)
ダーティハリー Dirty Harry (1971)
アウトロー The Outlaw Josey Wales (1976)
アルカトラズからの脱出 Escape From Alcatraz (1979)
ファイヤーフォックス Firefox (1982)
センチメンタル・アドベンチャー Honkytonk Man (1982)
ダーティハリー4 Sudden Impact (1983)
タイトロープ Tightrope (1984)
ペイルライダー Pale Rider (1985)
これだけ挙げればもう充分だろう。ブルース・サーティーズは最初の二本でキャメラ・オペレーターとして撮影スタッフに加わり、そのあとは撮影監督として二十年近くもクリント・イーストウッドの傍らにいた。ひんやりクールで透明で、それでいて秘かな息遣いや温もりを感じさせるイーストウッド映画ならではの佇まいは、このキャメラマンの眼を通してフィルムに焼きつけられた光と影の残像だったのだ。
ヴィゴといえばカウフマン、フェリーニといえばロトゥンノ、トリュフォーといえばアルメンドロス、ベルトルッチといえばストラーロ、鈴木清順といえば永塚一栄、神代辰巳といえば姫田真佐久。その伝でいくなら、イーストウッドといえばサーティーズなのである。両者は不可分にして一心同体だったのだ。
サーティーズは更に、ジョン・ウェインの遺作として撮られたドン・シーゲル監督の崇高な《
ラスト・シューティスト》(原題はずばり The Shootist)や、サミュエル・フラー監督の震撼すべき問題作《
ホワイト・ドッグ》などの撮影も手掛けている。ジョン・ミリアス監督の《ビッグ・ウェンズデー》も彼のキャメラだったことを今になって知った。
個人的に愛着が深いのは、時代錯誤的にわざわざ全篇モノクロームで撮影されたボブ・フォッシー監督の《
レニ―・ブルース Lenny》(1974)である。紫煙の立ちこめる暗闇に一筋の眩いスポットライトが投射される寄席の場面の埃っぽい臨場感は、もう何十年も観ていないのに、思い出しただけでゾクゾク鳥肌が立つ。
あれを観たすぐあとだったか、知人から頼まれて映画仲間たちと8ミリで撮ったファッションショー(たしか女子美短大の服飾デザイン科の卒業発表)の記録映画には、紛れもなくあのシーンの撮り方からの影響(というか猿真似)が見てとれた筈だ。もうフィルムは残っていないだろうから、確かめようのないことなのだが。
ブルース・サーティーズはわれらの師でもあった。享年七十四。心から哀悼したい。