うかうかしていたら早くも三月だ。月末締切の作文があるというのに!
盛年不重來
一日難再晨
及時當勉勵
歳月不待人
いきなり漢詩で恐縮である。出典は晋の陶淵明。読み下し文を示そう。
盛年は重ねて來らず
一日(いちじつ)再び晨(あした)なり難し
時に及んで當(まさ)に勉勵すべし
歳月は人を待たず
この詩の最終行だけは何故か子供の時分から知っている。小学四、五年の頃だろうか、書道が得意だった担任の鈴木先生が達筆で「
歳月不待人」の五文字を大書した和紙を高く掲げて「どうだい、読めるかい」と尋ねたのだ。
そのとき先生は一体全体どんな説明を我々にして下さったのか、もう思い出せないが、おおかた「時は待ってはくれない。だから時間を無駄にせず勉強しよう」と諭したのではなかろうか。
あれから幾星霜、この一節にはそうした教訓が籠められていると許り思い込んでいた。ところがどっこい、実はこれに先立つ二連がある。全体を読み下すとこうなる。
人生は根蔕(こんてい)無く
瓢として陌上(はくじょう)の塵の如し
分散し風に逐ひて転じ
此れ已(すで)に常の身に非ず
地に落ちて兄弟と爲る
何ぞ必ずしも骨肉の親のみならん
歡を得なば當に樂しみを作(な)すべし
斗酒もて比鄰(ひりん)を聚(あつ)む
盛年は重ねて來らず
一日再び晨なり難し
時に及んで當に勉勵すべし
歳月は人を待たず
えっ、サッパリ判らないって? ならば和訳をば示そう、それもグッとくだけた奴を。
人生根もなくへたもない
道にさまよう塵あくた
時の流れに身をまかすだけ
しょせんこの身は常ならず
同じこの世に生まれりゃ兄弟
えにしは親より深いのだ
楽しいときには歓んで
友達集めて飲もうじゃないか
若いときは二度とは来ない
朝が一日二度ないように
生きてるうちが花ではないか
歳月人を待たないぜ
ご覧のとおり、あくせく働くよりも酒でも呑んで愉しくやろう、人生は一度きりぢゃないか…という意味なのだ。少なくともこの邦訳ではそうなっている。終わりから二行目の「時當勉勵」が「生きてるうちが花ではないか」になっているあたり、ちょっと違うのではないかという気もするが、これはこれでちゃんと筋は通っている。
この素晴らしい口語訳は誰によるものか、お判りかな? 井伏鱒二? さにあらず。
なんと川島雄三その人の手になるのだという。