今日は露西亞語と取り組んで青息吐息。佛蘭西語だつて辛いのだが、こちらはまるで齒が立たない。辭書と首つぴきで必死になつて悪戰苦鬪しても半日で僅か數行しか進まない。いやはや此れでは暗號解讀の方が余程ましなのではないか。
(承前)
ちよつと息抜きして遠い昔に逃避。昨日の記事で紹介したアステーア=ロヂャースのミュージカル映畫《有頂天時代》主題歌樂譜輯に於ける "A Fine Romance" 譯詞が餘りにも拙劣だつたので、あれと相前後して出たもう一つ別の譯詞を引く事にする。譯者は誰あらう、斯界の大立者にして當代随一の米國藝能通の
清水俊二。彼は何とアステア姉弟の最后の共演ミュージカル《バンド・ワゴン》をブロードウェイの生の舞臺で觀たといふ果報者なのである。
結構な戀よ!
酷いわ あのひと
接吻(キッス)もしないのよ
甘い言葉も最初だけ
今ぢや冷たい他處のひと
妾(わたし)を抱いても
くれないんだもの
諦めてゐるけれど
泣けて 泣けて
泣けちやふのよ
憎いわ あのひと
昔を忘れて
お魚よりも冷たいわ
感情なんかないんだわ
ものも云はない
喧嘩もしないのよ
諦めてゐるけれど
泣けて 泣けて
泣けちやふのよ
──『映画之友』昭和十二年一月號附録、「映画主題歌樂譜」No.26
こちらは一番も二番も女聲に歌はせる設定。原詞の二人の掛け合ひの妙は捨て、專らジンジャー・ロヂャースの獨白として譯してゐる。
しかも詞の随處に出る "A fine romance" を敢へて譯さず、例へば冒頭の
A fine romance, with no kisses
A fine romance, my friend this is
を思ひ切つて意譯してゐる。
酷いわ あのひと
接吻(キッス)もしないのよ
清水にはドロシー・フィールズの詞の仕掛や言葉遊びの面白さは十全に理解できたらうが、さうした彼を以てしても其の機微を日本語に移す事は至難の業だつたらしく、原詞にある巧妙な一節、
We should be like a couple of hot tomatoes
But you're as cold as yesterday's mashed potatoes
を「お魚よりも冷たいわ」と極く手短に要約し、
A fine romance, you won't nestle
A fine romance, you won't wrestle
を「妾を抱いても/くれないんだもの」「ものも云はない/喧嘩もしないのよ」に漠然と反映させるのがやつとだつた。
しかもリフレインはぐつと相好を崩して「諦めてゐるけれど/泣けて 泣けて/泣けちやふのよ」と、此れではまるでお座敷で口ずさむ小唄である。
(まだ書きかけ)