ミーティングが終はつて解放されたら四時を回つてゐた。展覧會を觀るには時間が足りないし歸宅するにはまだ早い氣がしたので、思ひ切つて竹橋から神保町を経てお茶の水迄の道のりを散歩がてら歩く事にした。道中ざつと一時間。何やら空模樣が怪しかつたのだが、幸ひ降られずに濟んだ。
神保町では久し振りに古本屋を冷やかし、映畫《
有頂天時代》の收録曲を蒐めた古い樂譜を發掘する。昭和十一(1936)年末の刊行とあるから戰前の封切時に便乘して出たものだ(東京音樂書院刊)。表紙にASTAIRE ROGERS SWING TIME とあり、两人の顔が大きく描かれてゐるが、餘り似てゐないのは御愛嬌。譯詞者は入江靜雄とあり、いさゝか珍妙な歌詞が載つてゐて可笑しい。例へばこんな風だ。
結構なローマンス
彼──
素敵なロマンスだよ、
素敵なものだよ、
僕はあつくなりたいんだが
君は冷たくて語せない
素敵なロマンスだよ、
素敵なものだよ、
あまい言葉も語らぬ
冷たい君、つまらぬ僕。
彼女──
素敵なロマンスなの、
素敵なものなの、
貴方はあざらしの樣、
朝から晩まで座りきり、
素敵なロマンスなの
素敵なものなの
朝から晩まで
優しい言葉も語らぬ
冷たい人、淋しいあたし。
A Fine Romance
[Girl]
A fine romance, with no kisses
A fine romance, my friend this is
We should be like a couple of hot tomatoes
But you're as cold as yesterday's mashed potatoes
A fine romance, you won't nestle
A fine romance, you won't wrestle
I might as well play bridge
With my old maid aunt
I haven't got a chance
This is a fine romance
[Guy]
A fine romance, with no kisses
A fine romance, my friend this is
We two should be like clams in a dish of chowder
But we just fizz like parts of a Seidlitz powder
Yes, a fine romance, with no glitches
A fine romance, with no bitches
You're just as hard to land as the 'Isle de France'
I haven't got a chance
This is a fine romance
一番と二番で「彼」と「彼女」の順番を入れ替へたのがまづ解せないが、何より原詞(
ドロシー・フィールズ作)の輕口のやうに愉快で瀟洒な味わひがまるで日本語に移せてゐないのに失望する。入江靜雄は當時かなり手廣くジャズ・ソングの譯詞を手掛けてゐた人らしいが、脚韻を踏みつゝ地口や語呂合はせで冗談めかして戀を語るといふ藝當はとても譯者の手には餘つたのであろう。まあ無理も無いが。
(明日に續く)