今夜はやっと一時的だが胸の閊えが下りた思いがするので、昨年から宿題になっていた最も価値ある再発盤をじっくり聴き込むことにしたい。実に値千金の音源が含まれている。再登場を何十年待ち望んでいたことか!
"20th Century Classics -- Kodály"
コダーイ:
組曲『ハーリ・ヤーノシュ』*
マロシュセーク舞曲**
ミサ・ブレヴィス***
合唱曲集****
■ 聖霊降臨祭の季節
■ ジプシーがチーズを食べる
■ 山の夜
■ 踊りの歌
■ 空想
■ ワイナモイネンが音楽を奏でる時
■ ラディスラウス王国
■ 天使と羊飼い
ガラーンタ舞曲*****
三つのハンガリー民謡******
無伴奏チェロ・ソナタ*******
クラウス・テンシュテット指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団*
ウォルター・サスキンド指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団** *****
スティーヴィン・クレオバリー指揮
ケンブリッジ・キングズ・カレッジ合唱団***
イロナ・アンドール指揮
ブダペスト・コダーイ少女合唱団****
ヴァイオリン/ダヴィッド・オイストラフ******
ピアノ/ヴラジーミル・ヤンポリスキー******
チェロ/ポール・トルトリエ*******
1983年9月22、23、26日、ロンドン、アビー・ロード・スタジオ*
1977年11月24日、ロンドン、キングズウェイ・ホール** *****
1987年3月14日、ケンブリッジ、キングズ・カレッジ礼拝堂***
1965年6月22日、ロンドン、キングズウェイ・ホール****
1956年2月28日、ロンドン、アビー・ロード第一スタジオ*****
1977年4月3日、1978年2月7日、ロンドン、アビー・ロード第一スタジオ******
EMI 0 94678 2 (2011)
何度も紹介しているEMIの「20世紀の古典」シリーズの白眉がこの二枚組であることは論を俟たない。選曲の秀逸さは云うまでもないが、ここには小生が何度か話題にし(
→ジプシーがチーズを食べる →ハンガリーのわらべうた →ハンガリー民謡の啓示するもの →「ジプシーがチーズを食べる」再び) 、そのCD化を切望してきた
イロナ・アンドール女史の指揮するコダーイ少女合唱団の歌唱が収められている。彼女らの歌唱についてはかつて柴田南雄さんが初出LPのライナーノーツで見事な紹介文を書かれている(1967年)。それを引用するに如くはない。
コダーイ少女合唱団は、1965年にはじめてイギリスを訪問した。ロンドン東北方120キロほどの北海沿岸のオールドバウ(Aldeburgh)では、この国の作曲家ブリトゥン(Benjamin Britten, 1913- )が主催する音楽祭が毎年初夏に催される。1965年に開かれた第18回のフェスティヴァルは6月下旬、約半月にわたってつづいたが、そのうちオールドバウの村の教会と、ホール(Jubelee Hall)で開かれた2回の演奏会が、ハンガリーの長老ゾルタン・コダーイに捧げられ、作曲家自身ハンガリーから招かれて列席し、自作の室内楽や彼の名を冠した少女合唱団による曲目に耳を傾けた。このレコードは、その時歌われた曲目の中から彼らのイギリス滞在中にロンドンで録音されたもので、録音もコダーイの立ち会いの下で行なわれた。[…]
オールドバウ音楽祭の聴衆は、他の観光客相手の音楽祭とちがって玄人筋が多いのだが、コダーイ少女合唱団の最初の一声を聞いてみなびっくりしてしまった。おそらくハンガリー中から声のいい、すぐれた素質の少女を選抜して連れて来たのだろうと想像した人も少なくなかった。だが事実は全く相違しており、コダーイ少女合唱団のメンバーはブダペストのLeövey Kláraという名称の普通の学校の、13才から18才までの少女たちなのである。指揮のイローナ・アンドール女史の指導は余程すぐれたものと思われる。すでに1949年に、この学校の少女合唱団のすぐれた歌い振りを聞いたコダーイが、自分の名を付けてもよいと認めたのだそうである。したがって、20年に近い経験をアンドール女史は持っている訳である。いうまでもなく、一人の少女は数年以上合唱団にとどまることはなく、メンバーはつねに入れ替ることになる。
少女たちは週に一回の基礎訓練と二回の合唱練習が課せられる。基礎訓練はコダーイのメトードに従う。こと点に、この合唱団の優秀性の大きな秘密がある。むろんアンドール女史の能力も大きいが、コダーイの教則本もたいへんすぐれている。これらはハンガリーで出版されたものだが最近は英語版がイギリスから出ており、日本でも容易に入手できる。[…]
彼らは、練習した曲をみごとに歌うのはもちろんだが、オールドバウ・フェスティヴァルのオープニングでイギリス国歌 "God Save the Queen" を歌うことになった時、10分間で、歌詞とメロディーと、そして通常とはちがう即興的につけたハーモニーを完全におぼえてしまったという。このかわいい少女たちはまったくおそるべき能力の持ち主でもある。それはコダーイやバルトークのようなこの国のすぐれた作曲家たちが、永年にわたって子供たちの音楽教育に熱心な努力をつづけてきたことの賜物と言うべきであろう。
書き写していて懐かしさで涙が出る。この文章をかつて何度読み返したことだろう。実に行き届いた解説であり、元になった英盤のクリストファー・ビショップの解説を下敷にしつつも、独自の情報も加味されているし、何よりも柴田さんのハンガリー音楽への造詣(周知のとおり彼は徳永康元と従兄弟同士である)、自ら携わった「子供のための音楽教室」以来の教育現場の体験までが滲み出た秀逸な文章なのである。柴田さんは加えてLP収録曲すべて(コダーイ全部に加え、バルトーク三曲、ブリテン二曲も)の歌詞の邦訳まで担当されている。なんと心強くも贅沢な、羨ましい時代であったことか。嗚呼、those were the days!
因みに文中に頻出する音楽祭の開催地名「オールドバウ」は正しくはオールドバラ、合唱団が十分間で暗譜したという英国国歌の「通常とはちがう」編曲とは恐らく音楽祭の主宰者ブリテン自身の手になるものだろう。
こうして四十五年ぶり(!)に覆刻されたコダーイ少女合唱団の歌声を聴くのは実に回顧的であるとともに刺戟的な体験だ。嬉しいことに、それは今なお目の醒めるように鮮やかな、清冽にして精確、可憐にして至純な絶唱なのである。セッションに立ち会い、傍らで聴いていたコダーイ翁の満足げな微笑までが目に浮かぶ。
最後に、手許にある英盤のビショップの解説から、柴田さんが紹介しなかった挿話をもうひとつ引いておこう。
この短期間の滞在で、合唱団はオールドバラでの二度の演奏会に加え、BBC・TVのための録画、ロンドンでの一回の演奏会もこなした。ハンガリー帰国を前にして彼らが最後に挑んだのは、コダーイ臨席の下でなされたキングズウェイ・ホールにおける当録音の一日だった。録音セッションの最後に、少女たちのひとりが完璧な英語で素晴らしいスピーチを行った。彼女曰く、英国滞在中のいかなる演奏会よりも合唱団はこのセッションを愉しんだ、何故ならば聴衆のことを思い煩う必要がなく、ひたすら自分たちの歓びのためだけに歌うことができたから、と。だが、少女たちは忘れていたかも知れないが、マイクロフォンは一部始終をつぶさに記録しており、私たちは彼女らの歓喜と没入を今も思い起こし、分かちあうことができるのである。
まさしくそのとおり、ここにはコダーイの音楽への全き帰依と歓喜が横溢する。これこそ稀代の名演奏と呼ぶべきだろう。文字どおり「20世紀の古典」として絶対的にお薦めしたい。併録された曲目もまた素晴らしいし、とりわけウォルター・サスキンド(ワルター・ジュスキント)の指揮した二曲の演奏がことのほか優れている。
(参考資料)
■ 《コダーイ、バルトーク、ブリトゥン/現代合唱名曲選》
東芝音楽工業 AA-8060 (1967)
■ "Kodaly Girls' Choir of Budapest: Part Songs"
EMI SCX 6014 (1966)
■ "Hungarian Songs: Kodaly Girls' Choir of Budapest"
Angel 36334 (1966)
*最後の米盤も欠かせない。ここでは英盤にあったブリテン二曲が割愛された代わりに、バルトークの「後悔 Bánat」、コダーイの「詩篇 第百五十番」が新たに加えられているからである。標題の "Hungarian Songs" はその故である。