続く第二部は時代を遡って1960年代。BBCの敏腕プロデューサー、ヒュー・ウェルドンの下で芸術家を題材にドキュメンタリー映画を量産した若獅子時代。
このBBC在籍期こそは映像作家ケン・ラッセルの才能に磨きをかけ、その後を方向づけた決定的に重要な修業時代といえよう。作品名をいくつか挙げようか。
ジョン・ベッチェマン: 詩人のロンドン 1959
マリー・ランベール回想 1959
ならず者の肖像(スパイク・ミリガン) 1959
失われた世界への旅(ジョン・ベッチェマン) 1960
クランクス・アト・ワーク(ジョン・クランコ) 1960
シーラ・ディレーニーのサルフォード 1960
プロコフィエフ: あるソ連の作曲家の肖像 1961
アントニオ・ガウディ 1961
ロッテ・レーニャ、クルト・ワイルを歌う 1962
エルガー 1962
バルトーク 1964
ドビュッシー・フィルム 1965
いつも日曜日(アンリ・ルソー) 1965
作曲家を撃つな(ジョルジュ・ドルリュー) 1966
イザドラ・ダンカン 世界最大のダンサー 1966
ダンテの地獄(ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ) 1967
夏の歌(ディーリアス) 1968
七つのヴェールの踊り(R・シュトラウスの生涯の七つの漫画的挿話) 1970
こうして題名を書き連ねていると、それだけでもう震えがくる。
未見の作品も少なくないが、小生の知る限りではなんと云っても《
夏の歌 Song of Summer》が最高傑作だろう。だが幅広く支持されたという点で《
エルガー Elgar》も忘れるわけにいかないだろう。古い拙文から引かせていただこう。
1968年に《夏の歌》を撮るまでに、ケン・ラッセルはBBC・TVのために芸術家のドキュメンタリー映画を多数制作している。プロコフィエフ、エルガー、バルトーク、ドビュッシー、アンリ・ルソー、イザドラ・ダンカン、D・G・ロセッティ。これらはすべて、隔週の日曜日夜九時半からの番組「モニター(Monitor)」の時間枠で放映された。[註:イザドラ・ダンカンとD・G・ロセッティの二作のみは後続の別番組「オムニバス(Omnibus)」で放映された。]
彼にとってとりわけ思い出深いのは、番組のちょうど百回目を飾った《エルガー──ある作曲家の肖像》(1962年)だろう。これは彼がもう何年も温めていた企画であり、また初めて俳優の起用が許された(ただし台詞なしで)作品でもあった。
ラッセルはエルガーの故郷モールヴァンの小高い丘に着目した。映画のファースト・シーンは、白馬に跨った少年時代のエルガーがこの丘を駆けていく場面である。「序奏とアレグロ」の躍動する旋律とともに、その情景は実に忘れがたい印象を残す。
この作品は視聴者から温かく迎え入れられた。そしてTV映画としては異例なことに、これに触発されたLPレコードまで制作された(エルガー小品集)。ジャケットには映画冒頭の乗馬シーンがそのまま用いられている。(→これ)
この場面が人々の記憶に深く刻み込まれたことは、昨夜来BBCのワールド・ニュースでケン・ラッセルの訃報が流れるたび、繰り返しこの乗馬シーンが映し出された一事からも明らかだろう。
さあ、これからそのLP "The Miniature Elgar" をかけてみよう。と云っても実際に聴くのは近年になって再発売されたCDのほうである。再編集され曲数も曲順も異なるのがちょっと残念だが。
"The Lighter Elgar"
エルガー:
朝の歌
メヌエット ~『ボー・ブリュメル』
わが懐かしの曲たち ~『星影急行』*
子供らへ ~『星影急行』*
太陽の踊り ~『若者の杖』第一組曲
夢の子供たち
愛の挨拶
ローランス・コリングウッド指揮
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
バリトン/フレデリック・ハーヴィ*
1964年3月13、16日、ロンドン、アビー・ロード第一スタジオ
EMI 5 65593 2 (1996)
久しぶりに聴き返してみて、愛情に満ちたチャーミングな演奏にうっとり。なんと温もりのあるエルガーなのだろうか! 隠居していた七十七歳のコリングウッド翁はこの録音のためわざわざ一時復帰したのだという。さすが作曲家直伝の、本物の魅力に溢れたエルガー演奏。こんなLPを捧げられて、さぞかしケン・ラッセルは得意満面だったことだろう。