矢張り微熱があつて全身がじんわり痛い。疲れが溜まつてゐる感じだ。
そんな譯で寢床に横臥しつつ九月最後に聽くディスクは珍しくも
イ・ムジチが奏した20世紀音樂選輯。これが惡くないのである。
マルタン:
絃樂合奏の爲の練習曲*
ヒンデミット:
葬送音樂**
ルーセル:
シンフォニエッタ***
ニールセン:
絃樂合奏の爲の小組曲****
バルトーク:
ルーマニア民族舞曲*****
ブリテン:
單純交響曲******
イ・ムジチ
ヴィオラ/チーノ・ゲディン**
ヴァイオリン/ロベルト・ミケルッチ*****
1961 年7月***** ******、64年5~6月****、67年9月* ** ***
Philips 426 669-2 (1990)
イ・ムジチだからと云つて年柄年中ヴィヴァルディやアルビノーニばかり奏でてゐる譯ぢやない、たまには近現代音樂だつてやる。ニーノ・ロータから曲の献呈を受けた事だつてあるのではなかつたか知らん。
彼等にはかうした樂曲を集めたアルバムが三枚程あつて、この再編輯盤のマルタンからニールセン迄で確かLP一枚分だつたと記憶する。とは云へ矢張りイ・ムジチの事だから演奏は至つて穏健、鋭角的に尖がつた解釋ではなく、屈託ない大らかな歌心が何時も寄り添ふのは如何にも彼等の流儀である。
それにしても選曲がなかなか氣が利いてゐる。マルタン(パウル・ザッハーの委嘱作)やニールセン(「作品1」である)はちよつと珍しいし、ヒンデミットのしんみり侘しい情感も掬すべし。ブリテンのシンプル・シンフォニーも秀演だ。
輯中の白眉はルーセルのシンフォニエッタではなからうか。しばしば大編成でも奏されるが、この曲は此處で聽けるやうに室内合奏で小ぢんまりやると却つてそのキビキビ新古典主義風の骨格が露はになる。あゝ何ていい音樂なのだらう。
長かつた九月もやつと終る。西瓜の季節は何時しか蜜柑の季節に入れ替はつた。