別室の撤收作業がやつと終つた氣の緩みからだらうか、昨晩は夜半から微熱が出て大いに苦しんだ。體の節々が痛んで輾轉反側した。
念の爲、風邪藥を服用してぐつすり眠つたら熱は舊に復したが、一夜明けてもまだ關節の痛みが方々に殘つてゐる。そろそろ書かねばならぬ原稿が氣掛かりではあるが、今日はずつと横になつて靜かに過ごさう。
メンデルスゾーンの八重奏曲は四十數年前の高校生時代に愛聽した此の演奏が今もつて忘れられない。刷り込みと云へばまさしく其の通りなのであるが。
幸ひな事にCDでも再發賣されてゐる。
メンデルスゾーン:
絃樂八重奏曲 變ホ長調 作品20
イ・ムジチ1966年6月、羅馬、サーラ・アテネーオ・アントニアーノ
フィリップス PHCP-20165/66 (1967/1997)
元々のLPでは此の曲をメインに据へ、ロッシーニの絃樂ソナタの第三番、フーゴー・ヴォルフの秘曲「伊太利のセレナード」を配するといふ凝りに凝つた選曲の一枚だつた(フィリップス SFL-7996
→これ)。
1970年1月14日は水曜日だつたので高校の歸りに埼玉の田舎からわざわざ上京して秋葉原の石丸電機のレコード賣場でマルタ・アルゲリッヒ(當時の表記)のデビュー盤を買ひ求めた。翌日のリサイタル初日に備へて手に入れたのである(だからジャケット裏には彼女の直筆署名が入つてゐる)。やれやれ熱心な事だ。
其の同じ日に序に手にしたのがイ・ムジチのこのアルバムだ。と云つても衝動買ひでは斷じてない。一枚二千圓也のLPは當時の高校生には充分に高價であり、氣紛れにおいそれと手を出せる代物では無かつたのだ。事前にラヂオで耳にし、上野の文化會館の資料室でしつかり試聽した上で確信をもつて購入に及んだものである。
因みに此れは小生が手に入れた九枚目のLPだつた。「運命」「未完成」「悲愴」といつた泰西名曲の類ひは絶對に買はない方針を堅持してゐた。其等は容易にラヂオで聽けるからだ。其れ以前に購入したアルバムといへばグラズノーフのバレエ音樂「四季」(アンセルメ指揮)だの、オネゲルの第二交響曲(パイヤール指揮)だの、ヒンデミットの「白鳥の肉を燒く男」(ヒリアー獨奏、渡邊暁雄指揮)だの、滅多に耳にする機會のない珍しい樂曲ばかり。恐ろしく捻くれて背伸びした高校二年生だつた譯である。要するに今となんにも變つちやゐない。
其の時點でメンデルスゾーンの八重奏曲のLPには種類に限りがあつた。スメタナ、ヤナーチェクの兩四重奏團の共演物か、英京メロス・アンサンブルの録音、あとは輸入盤でハイフェッツやピヤチゴルスキーらのアンサンブル、ラレード、シュナイダーらのマールボロ音樂祭録音位しか選擇肢は無かつたのである。其の中でイ・ムジチの録音は一頭地抜きん出てゐると直觀的にさう思つたのだ。
四十年以上も經つて、あのときの判斷は間違つてゐなかつた事を確認できるのは嬉しい。此れは稀代の名演なのである。生きる歡びを屈託なく謳ひ上げるやうな演奏と云へば良いだらうか。伊太利流儀の臆面もないカンタービレが素晴らしい效果を舉げてゐる。此の再編輯盤(CD二枚組でヴォルフの「伊太利のセレナード」も收められてゐる)を手放さなくて本當に好かつた。