またもや訃報である。ドイツの名指揮者
クルト・ザンデルリングが亡くなったそうだ。九年前に現役を退いており、享年九十八というから無闇と悲しむのはあたるまいが、永くレニングラードに住んでショスタコーヴィチやムラヴィンスキーと昵懇だった人物の死はやはり感慨一入だ。
たった一度だけだが彼の指揮を生で聴いた。
1973年秋ドレスデン州立歌劇場管弦楽団(シュターツカペレ)を率いて来日した際、東京文化会館でチャイコフスキーの第四交響曲をメインに据えた一夜を耳にした。冒頭に置かれたウェーバーの『オベロン』序曲が始まるや、余りにも美しい燻し銀のように古雅な音色に陶然となったのを憶えている。チャイコフスキーは感傷性に流されない明晰劃然たる演奏だったと思う。その少し前に実演で接したムラヴィンスキーとの相似は明らかだった。
その当日の実況録音も出ている筈だが架蔵しない。徒にイリュージョンを壊すのを恐れて聴くのが憚られたのである。
ならば彼の極め付きを。ショスタコーヴィチの第十五交響曲。あらゆる細部が徹底的に彫琢され、底知れぬ深淵を覗き込むような凄味を帯びた痛烈無比の演奏だ。この曲に関する限り、ムラヴィンスキーも、コンドラシンも、ロジェストヴェンスキーも、誰も彼もザンデルリングの高みには到達していない気がする。
"Berliner Philharmoniker: Kurt Sanderling"
ハイドン: 交響曲 第八十二番
ショスタコーヴィチ: 交響曲 第十五番
クルト・ザンデルリング指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1997年6月9日、1999年3月16日、ベルリン、フィルハーモニー楽堂(実況)
Berliner Philharmoniker BPH 06 11 (2006)