今では忘れられているが
ルイス・カウフマンは知れば知るほど興味深いヴァイオリン奏者である。彼はいくつもの顔を併せ持つ多羅尾伴内さながらの人物なのだ。
まず真っ先に思い出されるのは、カウフマンこそはヴィヴァルディの協奏曲集「
四季」を最も早く(厳密には二番目だという)録音したヴァイオリン奏者だという事実。今でこそイ・ムジチ合奏団に栄誉を奪われているが、SP時代の末期、1947年にニューヨークで録音された(ヘンリー・スヴォボダ指揮コンサート・ホール室内管弦楽団)この盤はヴィヴァルディの知られざる「四季」を広く人口に膾炙せしめたレコード録音史上の一大快挙だった。今では廉価盤CDに覆刻され手軽に聴ける(Naxos)。
生粋のアメリカ人で専ら国内で教育を受けたが、1920年代から
ヴィルトゥオーゾとして高く評価され、腕利きの独奏者として全米各地で活躍したほか、ジンバリスト、エルマン、ハイフェッツ、クライスラー、カザルス、ピアチゴルスキー、ホフマンといった錚々たる名手たちと室内楽で共演した。
カウフマンにはもうひとつ裏の貌がある(むしろこちらが表か)。1934年にロサンゼルス移住後、ハリウッドのスタジオ・オーケストラを率いて映画の
サウンドトラック録音に従事したのである。1948年に到るまでその本数は実に五百有余。トーキー黄金時代の誰もが知る名作映画が総舐めだ。数例のみ挙げるなら《メリー・ウィドウ》《ショウボート》《モダン・タイムス》《孔雀夫人》《風と共に去りぬ》《嵐が丘》《間奏曲》《怒りの葡萄》《カサブランカ》《偉大なるアンバーソン家の人々》《黄金》…。
彼にはまた
同時代音楽の積極的な擁護者の一面もある。それをいうなら映画音楽だって立派に同時代なのだが、ここでいうのはシリアスな現代音楽の意味である。エロン・コープランド(ヴァイオリン・ソナタを共演したディスクがある)、ウォルター・ピストン、サミュエル・バーバー、クィンシー・ポーター、ウィリアム・グラント・スティル、ロバート・ラッセル・ベネットといった米国の作曲家のヴァイオリン曲を果敢に取り上げたほか、マルチヌー、ミヨー、ソーゲとも親交を深めた。
カウフマンが世界初演したヴァイオリン協奏曲も枚挙に暇がない。マルチヌーの「コンチェルト・ダ・カメラ」が最も重要だが、ほかにもアンリ・ソーゲ、アンソニー・コリンズ、ラーシュ=エリク・ラーション、ダグ・ヴィレーンらの協奏曲の初演も手がけ、ソーゲ、ラーションには録音もある。1948年カウフマンは活動拠点を欧州に移しており、同時代音楽への傾倒にも一層の拍車がかかった模様。いわゆる前衛音楽は守備範囲ではなく、穏健な折衷主義の作曲が彼のお好みだったようだが。
ここでCDをかけよう。そうした彼の一面を披歴したものだ。
"Kaufman─Martinu─Khachaturian"
マルチヌー:
ヴァイオリン協奏曲 第二番*
ハチャトゥリャン:
ヴァイオリン協奏曲**
ジョゼフ・アクロン:
気分 Stimmung***
リムスキー=コルサコフ(クライスラー編): 太陽讃歌****
グレインジャー(クライスラー編): ロンドンデリーの唄****
チャイコフスキー(クライスラー編): アンダンテ・カンタービレ****
ヴァイオリン/ルイス・カウフマン
ジャン=ミシェル・ルコント指揮 フランス放送国立管弦楽団*
ジャック・ラフミロヴィチ指揮 サンタモニカ管弦楽団**
バーナード・ハーマン指揮 CBS交響楽団***
ピアノ/パウル・ウラノフスキー****
1955、1946頃、1949頃、年代不詳
Cambria CD 1063 (1991)
(まだ聴きかけ)