こういう音源が誰にも気づかれず三十数年間もレコード会社のテープ倉庫に眠っていたとは信じられない。しかもそれは当時の(否、あらゆる時代を通じての、だろう)アメリカを代表する世界的ソプラノ歌手の絶頂期のリサイタルを丸ごと収めた実況録音だったのである。
"Leontyne Price Rediscovered"
ヘンデル:
親しき森 ~『アタランタ』
素晴らしき歓び ~『アグリッピーナ』
わが運命に涙せん ~『エジプトのジューリオ・チェーザレ』
ブラームス:
「ジプシーの歌」
ジョルダーノ:
母を亡くして ~『アンドレーア・シェニエ』
プーランク:
お前は夕べの火を見る ~「燃ゆる鏡」
手は心の意のまま
あんたはそういう人 ~「変身譜」
お前の額を名づけよう ~「燃ゆる鏡」
バーバー:
夜想曲
雛菊
いざ眠れ
ホイビー:
冬の歌 ~「リオンティーンのための歌」
風の杖に ~「リオンティーンのための歌」
黒人霊歌:
His Name So Sweet
My Soul's Been Anchored
Lord, I Just Can't Keep from Cryin'
He's Got the Whole World in His Hands
プッチーニ:
ドレッタの美しい夢 ~『燕』
ガーシュウィン:
サマータイム ~『ポーギーとベス』
チレーア:
私は創造主の慎ましい下僕 ~『アドリアーナ・ルクヴルール』
プッチーニ:
歌に生き ~『トスカ』
ソプラノ/リオンティーン・プライス
ピアノ/デイヴィッド・ガーヴィ
1965年2月28日、ニューヨーク、カーネギー・ホール(実況)
BMG RCA 09026-63908-2 (2002)
本リサイタルは彼女のカーネギー・ホールへのデビューだった。ただしオーケストラの独唱者としては同じこのステージに何度も立っており、バーンスタイン、シッパーズ、ミュンシュ、オーマンディ、そしてカラヤンとここで共演経験がある。
メトロポリタン歌劇場と契約した最初の黒人歌手として、プライスはこの1964~65年の冬も超多忙なシーズンを過ごしていた。リサイタルの二日前までは『コシ・ファン・トゥッテ』にフィオルディージとして舞台に立ち、次週からは『エルナーニ』のエルヴィラ役を務めている由。まさに分刻みのスケジュールを縫うように実現したリサイタルなのである。
さすがにカラヤンが惚れ込んで『カルメン』『トスカ』主役に抜擢しただけのことはある、素晴らしい声である。しかもリサイタル歌手としても申し分のないヴァーサタリティを備えており、ヘンデルのアリアから同時代アメリカ歌曲まで周到に歌い分ける。ブラームスは少々表情過多の気味があるが、プーランクなど巧いものだ。
リサイタルの最後は同時代の米人リー・ホイビーが彼女のために書き下ろした歌曲集の抜粋で締め括られるが、熱烈な拍手喝采に促され黒人霊歌を歌っている。このあたりは後年のジェシー・ノーマンと同じ趣向である。更に続いて、目の醒めるようなプッチーニ、チレーア、そしてガーシュウィン。
実を云えば夏に因んでリオンティーン(永年馴染んだ読み「レオンタイン」は誤りである由)の唄う「
サマータイム」(彼女の十八番 signature songs のひとつ)を聴きたいと思って手に取り、そのままアルバム全体に魅せられてしまった次第。会場の凄まじく熱狂的な喝采は蓋し当然であろう。