朝から太陽が容赦なく照りつけている。運送屋のトラックが約束の時刻に到着し、箱詰めした数千枚のLPとCDを手早く荷台に積み込んだ。
走り去る車を見送りながら溜息をつく。永年こつこつ蒐めたコレクションだけに、手放すのはいかにも惜しいし無念である。とはいえ、このまま生涯ずっと独占しておける筈もなく、今後の余命だって多寡が知れていよう。大袈裟に云うならばこれは一種の生前葬であり、形見分けなのだ。
ちょっとした虚脱状態。それでも手放せなかった一枚をしみじみ聴く。
《夏の歌 ディーリアス名演集》
フレデリック・ディーリアス:
ブリッグ・フェア
夏の庭園で
エヴェンテュール(昔々)
夏の歌
ヴァーノン・ハンドリー指揮
ハレ管弦楽団
1981年9月、マンチェスター、フリー・トレイド・ホール
東芝EMI TOCE-7305 (1991)
「ブリッグ・フェア」が始まった途端、ああこれはいい演奏になるぞと直覚する。その予感は裏切られない。仄かな寂寥感に彩られた田園風景が眼前に浮かぶかのよう。節度を弁えた絶妙な歌い回し、音色配合の卓越したセンス。ハンドリーがいかに優秀なディーリアス指揮者だったかを今更ながら思い知らされる。奏される機会の乏しい「エヴェンテュール」も、とめどなく次々に沸き起こる幻想性の表出が素晴らしい。この曲を弛緩させず手堅く聴かせる手腕は並々ならぬものだ。
そして「夏の歌」。これもバルビローリの名演に肉薄しつつ、情感をより直截に表出した、ハンドリーらしい誠実な演奏なのである。2008年春、この人の指揮に生で接する機会がありながら(エルガーとVW)急病によりキャンセルされた。そしてほどなく齎された訃報。残念というほかない。
あまり知られていないディーリアスの名演をもう一枚。
《イギリス音楽の詩情を求めて ディーリアス/北国のスケッチ》
フレデリック・ディーリアス:
生命の踊り
舞踊狂詩曲 第一番*
北国のスケッチ
エヴェンテュール(昔々)*
チャールズ・グローヴズ卿指揮
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団*
1971年7月12~24日、リヴァプール、フィルハーモニック・ホール*
1974年12月22、23日、ロンドン、アビー・ロード・ステュディオズ
東芝EMI TOCE-6413 (1990)
数あるディーリアス管弦楽曲中で馴染の薄いものばかり録音していたチャールズ・グローヴズ。人口に膾炙した楽曲は既にビーチャム翁かバルビローリ卿があらかたステレオ録音済なので、落穂拾い的なセッションばかり組まれたのだろう。
「生命の踊り Life's Dance」はこれが世界初録音だった筈だし、「北国のスケッチ」や「エヴェンテュール」はビーチャムの古いモノラル盤があるきりだったから発売時にはたいそう重宝した。それでもグローヴズは「生のミサ」「日没の歌」「アラベスク」「海流(藻塩草)」など声楽入りの大曲を矢継ぎ早に新録音、損な役回りをいつしか返上して、当代随一のディーリアス指揮者と看做されるに到る。
地味な曲ばかり集めたアルバム(二枚のLPから再編)だが、グローヴズがいかに秀逸なディーリアス指揮者だったかを如実に示す入神の名演。「北国のスケッチ」のひやりとした雰囲気の描出が素晴らしいし、「生命の踊り」もこれを超えた生気溢れる演奏は当分出ないだろう。「エヴェンテュール」の高揚感は先に聴いたハンドリーの演奏を凌駕し、往時のビーチャムにすら肉薄する。
グローヴズ卿も実演を聴く機会をみすみす逸してしまった。BBC交響楽団と来日までして「楽園への道」を指揮したというのに残念至極である。
辛うじて小生とグローヴズを繋ぎ留める絆はといえば、倫敦の古書店で嘘のような安価で手にした三冊の楽譜のみ。ディーリアスの「フロリダ組曲」「アパラキア」「村のロミオとジュリエット」のポケット譜。ところどころに鉛筆で書き込みがあり、表紙に "The Property of Charles Groves" とゴム印が捺されているものだ。