たまたま上野の山に所用があり、帰りしな東京文化会館の小ホールに立ち寄る。今夜ここで滅多に耳にする機会のない音楽が纏めて演奏される。千載一遇とはこのことだ。当日券の列に並ぶ。こういう催しが年にいくつかある限り、東京という都会もまんざら捨てたものではない。
アレクサンデル・タンスマン Aleksander Tansman(1897~1986)はポーランドのウッチ(Łódź)生まれの作曲家。綴りを少し変えたフランス名、アレクサンドル・タンスマン Alexandre Tansman のほうがまだしも馴染があるだろうか。
アレクサンドル・タンスマンを讃えて Hommage à Alexandre Tansman
2011年6月18日(土)
東京文化会館 小ホール
18:00~
◎第一部/チェロとピアノのための作品を集めて
二つの小品 (1931)
(メロディ、カプリッチョ)
四つの易しい小品
(カヴァティーナ、シシリエンヌ、ロンディーヌ、セレナード)
チェロ・ソナタ (1930)
◎第二部/声楽作品を集めて
二つの歌 (1925)
(拒否、愛の憑依)
エレオノーラ・タンスマンの詩による五つのメロディ (1927)
1. わが魂の秘密の裡
2. あゝ
3. 眠気
4. 野良猫
5. 幸福
八つの日本の歌 (1919)
1. 来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつゝ (定家)
2. 難波潟 みじかき蘆の ふしの間も 逢はではこの世を 過ぐしてよとや (伊勢)
3. 有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする (大弐三位)
4. 心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置きまどはせる 白菊の花 (凡河内躬恒)
5. 奥山に 紅葉踏みわけ 啼く鹿の 声きく時ぞ 秋は悲しき (猿丸太夫)
6. 住の江の 岸による波 よるさへや 夢の通い路 人めよくらむ (藤原敏行)
7. 白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける (文屋朝康)
8. さびしさに 宿を立ち出でて ながむれば いづこも同じ秋の夕暮 (良暹法師)
◎第三部/ピアノ独奏作品を集めて
子供のために (抜粋)
(ちょっと夢うつつで、機械仕掛の馬、レコード、小鳥、小さな黒人、ダンスのお稽古、パレード、操り人形の円舞曲、クリスマス、庭で、マズルカ、ピン・ポン、じっくり考える、かくれんぼ)
若いピアノニストのための十の小品
1. スペイン情緒
2. 夢
3. メリーゴーラウンド
4. 憂鬱
5. 雨の日
6. スピードを出して
7. 静けさ
8. 祈り
9. 悪戯
10. トッカータ
田園風ソナタ (1925)
ピアノ/花岡千春
チェロ/村井将
ソプラノ/小泉恵子
タンスマンの作品のみの演奏会は世界的にも珍しい。しかもチェロ曲、歌曲、ピアノ曲の三部構成でその多彩な魅力を余すところなく伝えようとする贅沢な企てだ。
先年タンスマンのピアノ曲集(第三部で披露される「子供のために」の全曲を収めたCD。ごく短いレヴューは
→ここ)を出した花岡さんならではの意欲的な企ては二度の休憩を挟んで二時間半に及ぶ。まことに夢のようなひとときが紡がれていく。
平明な旋律と明快な古典的フォルムを備えたタンスマンの魅力は第一部の「チェロとピアノのための作品を集めて」で存分に発揮された。ラヴェルやフランス六人組のすぐ傍らで独自の小世界を築いたマイナー・ポエットの面目躍如といったところ。
続く第二部「声楽作品を集めて」は今宵の白眉にほかならない。昨今のタンスマン復興の機運にも係わらずCDではまだ殆ど聴けないのが実情だからだ。
蠱惑的というほかないパリ時代の「二つの歌」と「五つのメロディ」の瀟洒な魅力もさることながら、ワルシャワ時代にクヴィアトコフスキ(Remigiusz Kwiatkowski)訳出(というか自由な翻案)になる小倉百人一首のポーランド語訳に附曲した「八つの日本の歌」(今回はフランス語版による歌唱)が聴けるのはこよなき歓びである(二年前に川北祥子さん主宰の「カフコンス」で演ったときは聴き逃した)。小泉恵子さんはディクシオンも明晰、どの曲もよく咀嚼され、自分の歌として表情豊かに唄われていて感心した(最初の二曲は暗譜だった)。
(まだ書き出し)