遅れ馳せながら「
堀内誠一 旅と絵本とデザインと」展を観に浦和まで出向いた。
実を云えば同じ名称の展覧会はきっかり二年前に世田谷文学館でつぶさに目にし、巌谷國士さんの記念講演まで拝聴した(その折りの感想文は
→旅する人、堀内誠一、
→パリから届いた「絵本譜」)。だからわざわざ今更という思いもあるのだが、ほかならぬ鍾愛の絵本作家の展覧会だし、浦和ゆかりの
石井桃子と
瀬田貞二に因んだ展示もあると聞いたので、電車を三本乗り継いで赴いたという次第。
素晴らしい。目も眩む思いである。
最初期(まだ十代半ば)の伊勢丹でのウィンドウ・ディスプレイに始まり、写真雑誌『ロッコール』、アドセンター時代、そして平凡出版の諸雑誌のアート・ディレクションへ。最初から垢抜けている。堀内誠一は堀内誠一なのだ。
そして澁澤龍彦との一連の仕事。今回の展示ではこの辺はさらりと。
続く絵本コーナーでは壁に『くろうまブランキー』『七わのからす』『たろうのばけつ』『たろうのおでかけ』『おおきくなるの』『ぐるんぱのようちえん』と、60年代「こどものとも」原画がずらり。一作毎にスタイルを変え、めきめき上達し、前進するのが如実にわかる。わが国の絵本が初めて拓いた新天地なのだ。
並べられた絵本原画で出色なのはやはり70年代の仕事。童心社から出た未見の絵本『
おひさまがいっぱい』(与田準一詩)の目にも艶やかな色彩(アクリルの発色が素晴らしい)に心を抉られる。ボナールを更に深くした感じ。石井桃子の訳に依る『
こすずめのぼうけん』も、絵本ではわからなかった描写の繊細なこまやかさにいたく打たれる。ここまで精妙な仕事とは印刷ではわからなかった。傍らの硝子ケースに展示された石井桃子との手紙の遣り取りも資料的に貴重なものだ。『こすずめのぼうけん』の訳文は石井がパリ郊外の堀内宅を訪れた際に仕上げたのだという。
もうひとり、「浦和のお師匠」こと瀬田貞二から堀内誠一に宛てた手紙も値千金だ。ちょうど堀内が谷川俊太郎との共作シリーズ『マザー・グースのうた』で評判をとった時期にあたっていたらしく、瀬田は次のように感想を記す(1975年9月8日消印)。
あなたの挿絵のなかでは、色よりも白黒のものに私は好きなのが多いように思います。色はいさゝか soft cream のように流れてしまった観がありました。[…]
当時たいそう世評の高かったベストセラー『マザー・グースのうた』にかくも率直に難色を示したのは瀬田貞二だけではなかったか。
「
色はいさゝか soft cream のように流れてしまった」とは実に言い得て妙。確かにそのとおりで、このシリーズでの堀内の挿絵はいかにも達者ながら、粉砂糖を塗したような甘ったるい色彩が目につくからだ。器用さに任せて描き飛ばした感なきにしもあらず、その危うさを鋭く突いたのである。最も信のおける当代随一の目利きからの厳しい一言は、堀内にとって目の醒めるような啓示ではなかったか。
更に考えてみるならば、ここまで歯に衣を着せぬ批評を面と向かってできるほど、両者の関係は緊密だったのだろう。これは友情と信頼に裏打ちされた「愛ある鞭」だったに違いないからである。羨ましい間柄である。
「
色よりも白黒のものに私は好きなのが多いように思います」と書くとき、瀬田の念頭に何があったのか、今回の展示からもそれは自ずと察しがつく。
(まだ書きかけ)