古典から現代まで幅広いレパートリーを誇る英国在住のピアニスト、
小川典子さんはたまたま帰国していて神奈川の自宅近くの駅のホームで大地震に遭遇したという。彼女がアドヴァイザーを務める音楽ホール「ミューザ川崎シンフォニーホール」も罹災損壊して、当分は演奏会が開催できないという。
小川さんは三月下旬から四月にかけて、英国・米国での公演やラジオ出演の予定を抱えていたが、惨状の大きさを目の当たりにして大いに迷いあぐねたという。「
このまま日本に留まっていたい、ひどく被災を受けた人々の為にここで何かをしたい、という気持ちの間で、心が揺れていました」。彼女から相談された友人の英国「ガーディアン」紙編集長はすぐさま助言したという。「こういうときこそ、こちらで演奏会を開きなさい!」と。(詳しくは
→小川典子さんの告知頁)。
以下はロンドン公演を決意した小川さんの英国市民へのメッセージである。
Dear Friends,
Today, I have decided to do a Fundraising Recital at Kings Place London on Wednesday the 30th of March.
All details are to be announced shortly.
I know this is a very, very short notice. But please come and give your generous support to the people in North East of Japan. They have lost not only their property but also their loved ones. The people at evacuation centres, mainly state schools, are suffering so very much in cold weather (is it snowing there today) with not enough food or blankets. Doctors and nurses who have no home or families to go back to are treating wounded people with great shortage of medicine.
I was on a platform waiting for the train when the earthquake came. I am still in Japan which is still having tremor very often. We are trying to fight against this difficult situation. In Tokyo Metropolitan area, we have scheduled power cuts and very reduced transport services to save electricity. Many concert halls have been damaged in this area, too. We are trying to cooperate, but there are limited things we can do here. People are feeling down. Concerts and sport events are massively cancelled due to shortage of electricity. I was in two minds about going back to the UK this time, so wanted to stay here and work for the people in worst affected areas. Now, this fundraising concert is giving me a reason to jump on the plane.
Wednesday 30th of March, it is.
Lots of love to you all,
Noriko xxx
小川さんのピアノ演奏会は3月30日、ロンドンのキングズ・プレイスで催され、収益はすべて震災義捐金として寄付されるそうである。
なので今日は彼女が親友キャスリン・ストットと連弾したアルバムを聴くことにしよう。心深くに染み入る稀代の名演奏である。
"Delius, arr. Warlock: Works for Piano Four Hands"
フレデリック・ディーリアス(ピーター・ウォーロック編):
春を告げる郭公*
河の夏の夜
夏の庭園で*
日の出前の歌
北国のスケッチ*
■秋~冬景色~舞曲~春の行進曲
舞踊狂詩曲 第一番*
舞踊狂詩曲 第二番
ピアノ連弾/
小川典子、キャスリン・ストット
2002年6月9~14日、スウェーデン、ダンデリード高等学校
BIS CD-1347 (2003)
自然は時に牙をむく。だが四季折々の美しい表情で人の心を和ませるのも同じ自然の営みである。俳句を生み出した日本人はそれを愛で、慈しんできた。英国生まれの
フレデリック・ディーリアスもそのことを知り抜いていた。なんという柔和さ、なんという優しさだろう、今このような状況下で耳にして涙が流れるのを禁じえない。
いずれも管弦楽用に作曲された魅力的な小品ばかりだが、ディーリアスに心酔した後輩
ピーター・ウォーロックがそれらをピアノ連弾用に編曲した。ピアノが一台ありさえすれば誰もがディーリアスを家庭で愉しむことができるのだ。こんな編曲版が存在したことを、このCDを聴くまでは寡聞にして知らなかった。
小川さんとストット嬢は曲に応じて坐る位置を交替しつつ(*印の曲で小川さんが高音部を担当)、呼吸がぴったり合って、まるで四手をもつひとりのピアニストさながらだ。穏やかな自然の只中でまどろむような、安らぎと夢想の音楽。
こんな悲惨な年にもやがて春が巡りくる。到来を告げるのは郭公でなく鶯なのだが。