デスクワークが手につかない。読書も駄目である。思考回路がどうしても繋がらない。なので音楽。音楽を聴くことでしか心を鎮められないのだ。なのでもう一枚。
"Viola Concertos: Nobuko Imai & Gábor Takács-Nagy"
バルトーク:
ヴィオラ協奏曲(ネルソン・デッラマッジョーレ&パウル・ノイバウアー校訂)*
シェーンベルク:
浄夜
ヒンデミット:
シュヴァーネンドレーアー(白鳥を焙る人)*
ヴィオラ/今井信子*
ガーボル・タカーチ=ナジ指揮
ジュネーヴ高等音楽院管弦楽団
2008年12月15~18日、ジュネーヴ、アンセルメ・スタジオ
2008年12月22、23日、ジュネーヴ、ヴィクトリア・ホール
Panclassics PC 10215 (2009)
思わずこのディスクを棚から取り出したのはほかでもない、Sonnenfleck さんのブログ「
庭は夏の日ざかり」のエントリー(
→ここ)に促されての行動である。
バルトークとヒンデミットのヴィオラ協奏曲の組み合わせには懐かしさが禁じえない。米国の名手を独奏者とする東京録音のLPを擦り切れるほど聴いたからだ。
ヒンデミット: 白鳥の肉を焼く男
バルトーク: ヴィオラ協奏曲(ティボール・シェルイ編)
ヴィオラ/ラファエル・ヒリアー
渡辺暁雄指揮
日本フィルハーモニー交響楽団
1968年9月16日、1967年8月31、9月1日、東京、杉並公会堂
日本コロムビア OS-10044-J (1969)
高校時代の遠い昔このLPを手にしたそもそもの契機は
今井信子さんにある。
1969年12月13日、内幸町の旧NHKホールで若き日の彼女がヒンデミットのこの曲を弾くのを間近に見聞したからである。それ以来、「
シュヴァーネンドレーアー」はわが愛聴曲となり、今井さんがこれを録音する日を心待ちにしていたのである。それからきっかり四十年。「待ちに待った」という表現も誇張でないのだ。
それにしても当代屈指の名ヴィオリストである今井さんが20世紀を代表するヴィオラ協奏曲二曲をこれまで録音せずにきたという事実はなんとも不思議というほかない。よほど満を持していたのだろうか。ムスチスラフ・ロストロポーヴィチが晩年までバッハの無伴奏組曲を録音せずにいたのと同断なのか。
嬉しいことに今井さんのソロは目の醒めるような素晴らしさだ。
末期の眼を通して…と云いたいほどに透徹したバルトーク。古拙な民謡旋律を共感籠めてしみじみ紡ぐヒンデミット。まるで対照的なふたつの音楽を、彼女は一点の迷いもなく、くっきりとした形と豊穣な音色をもって奏し切る。そうなのだ、長い間ずっと小生が待ち望んでいたのはこのような演奏だった。
なんとしても彼女の実演でこの二曲を聴きたいものだ。それまでは死にきれない。
背後から支える
タカーチ=ナジ指揮の管弦楽団の出来映えも申し分ない。自発性がたっぷりあって、しかも独奏を些かも邪魔しない。その秀逸さは緩衝材として差し挟まれたシェーンベルクにも明らか。この「浄夜」は(Sonnenfleck さんの言葉を引かせていただくと)「物凄い美演なのである」。