(承前)
いつも豊田には名古屋から地下鉄経由で来てしまうものだから愛知環状鉄道線に乗るのはこれが初めて。ボックス席を独り占めし、なんの変哲もない郊外の鄙びた景色をぼんやり眺めていたら乗換駅の八草(やくさ)に到着。
そこからは「
リニモ」という磁気浮上式の無人電車に乗り換える。正式名称は愛知高速交通東部丘陵線といい、例の愛知万博時に開通したリニアモーターカー。この新方式は日本ではこの路線だけという。高架鉄道から日没時の雄大な眺めや万博跡地の寂しい風景や長久手古戦場跡(往時を偲ぶよすがはなさそう)をのんびり見ながら終点ひとつ前の「はなみずき通」駅で下車。
そこからは地図を頼りに一本道を七、八分ほど歩いたら、やがて前方左手に瀟洒な複合施設が見えてきた。あれだろうか、目指す「
長久手町文化の家」とは。
鄙にも稀な(失礼!)感じの良い小ホールだ。こんな場所まで遙々やってきたのは豊田から遠くないこともあるが、今日ここで興味深い演奏会が催されるからだ。愛知県立芸術大学の大学院で学んでいる白石朝子さんが研究成果の一環としてピアノ演奏を披露する。それも1925年を皮切りに四度の来訪で日本にゆかりの深い仏人
ジル=マルシェックスゆかりの楽曲ばかりの演奏会だという。
「愛知県立芸術大学大学院 博士課程1年次 公開審査 演奏・発表会」と厳めしい副題のつく「ドクトラル・コンサート&レクチャー」。白石さんは演奏の部の最後に登場する。その直前から聴く。白石さんの学友の海老原さんのピアノ。ショパン、リストからドビュッシーへとエチュード繋がりで聴かせるプログラムは聴き応えがあった。
18:30~
長久手町文化の家 風のホール
◎ピアノ/海老原優里
リスト: 三つの演奏会用練習曲
ショパン: 練習曲 作品10-1、作品25-1
ドビュッシー: 十二の練習曲 より 「組み合わせたアルペッジョのための」
ドビュッシー: 子供の領分
◎ピアノ/白石朝子
クープラン: 翻るバヴォレ
ダカン: 郭公
ラヴェル: ソナティネ
ジル=マルシェックス: 出雲の秋月 ~「古き日本の二つの映像」
ラヴェル: 鏡白石さんのピアノ演奏は2007年12月に東京で一度だけ聴いている(当時は伊藤姓)。そのときはプロコフィエフの「束の間の幻影」ほかを弾かれた(
→ここ)。当時たまたま1918年夏のプロコフィエフの日本滞在について英語論文(プロコフィエフと徳川頼貞の交友を紹介したもの)を仕上げたばかりだった小生は、彼女がピアノ演奏と並行してプロコフィエフの日本滞在を修士論文にしたと知り驚いたものだ。
しばらくして白石さんからはその論文のコピーを恵贈され、その後アンリ・ジル=マルシェックスの日本での足跡を調査されていることも承知している。ジル=マルシェックスは小生の関心対象でもあるから、彼女が調査で上京された折りにお目にかかって意見交換したこともある。今回の演奏はその研究のいわば中間報告の一環として、このピアニストが1925年に日本初演したピアノ曲を中心に構成されている。
詳述するなら、クープランの「翻るバヴォレ」とダカンの「郭公」の二曲(いずれもクラヴサン原曲)は彼が初来日時に東京・帝国ホテル演芸場で催した六回の連続演奏会の四回目(1925年10月24日)に演奏された。当日のプログラム冊子から引く。
第四演奏會 (十月廿四日土曜午後八時) ※=日本に於ける初演奏
シヨパン: 四バラード
クロード デビユツシー: 二つの幻影 (水面の反映、金魚) ※
クロード デビユツシー: プレリユード より
沈める寺
西風が見た所 ※
亞麻毛の少女
ミストレル
クツプラン: 飜へるバヴオーレ ※
ダツカン: 郭公鳥 ※
フランシス プーランク: 永續的の三つの運動 ※
ジヤン クラ: 海上の風景 ※
ジヤツク イベール: 三つの出會 (花賣娘、印度生れの白人、おしやべり女) ※
リスト: 浪の上を渡る聖フランソア・ド・ポールの傳説当夜の白石さんの演目の最初の二曲はこのプログラムの一部を再現したものだ。ピアノで弾くフランス・バロックは珍しいが、1925年に東京で鳴り響いた音はどんなだったのか。こんなに繊細なタッチで奏でられたのだろうか。
続くラヴェルはジル=マルシェックスとは昵懇の仲で、「ツィガーヌ」の世界初演の際にピアノ伴奏を任された程だった。本当は1925年の来日時に奏された「亡き王女のためのパヴァーヌ」か「夜のガスパール」か、あるいは「五時のフォックストロット」が相応しいのだが、ここでは「ソナチネ」と「鏡」が紹介される。ピアニストとしての一年間の精進ぶりの披露という意味から選ばれた曲目なのであろう。
(まだ書き出し)