つい先日、日比谷の「みゆき座」で『フォロー・ミー』を観た際にたまたま予告篇を観て、「
これは傑作の予感がするぞ」と呟いていたイギリス映画『
英国王のスピーチ The King's Speech』がアカデミー賞を獲ってしまった。それも作品賞・監督賞・主演男優賞・脚本賞の四部門総ナメである。独り占めといってもいい。
さっきからBBC・TVのワールド・ニュースはこの話題でもちきりだ。
本編は未見なので多言は憚られるが、なんといっても題材がいい。内気で口下手なチーム・リーダーが必死になって宿痾の吃音症と立ち向かうというだけの物語なのだが、その男が実在の英国国王だというのがミソ。しかも今の女王陛下の尊父である。英国人にとっては周知の史実なのかもしれぬが、それをわざわざ映画の主題にもってきたのが意表を突いている。「キングズ・スピーチ」という題名も秀逸。
なかなかに渋い燻し銀のような映画であることは予告篇からも想像がつく。なんとしても王のどもりを直さねばならぬ。王と王妃と側近との息詰まるような(それでいてどこか滑稽な)会話の応酬。事は一国の命運に係わるのだ。
兄の突然の退位により心ならずも王位に就いた小心翼々たる男は、否応なしに歴史の荒波に巻き込まれる。欧州での全面戦争はいよいよ不可避になりつつあり、敵対するドイツとイタリアではカリスマ性たっぷりの独裁者が跳梁跋扈し、弁舌巧みに国民を叱咤誘導している。英国の統治者たるもの、もごもご口籠っては任務が果たせないのだ。ヒトラーのニュース映像を観せられた王が「何をしゃべっているのか皆目わからぬが、確かに演説の上手な男だ」と正直に呟く場面がおかしい。
深刻だがシニカルな、それでいて人間味にも欠けていない──英国人気質たっぷりの地味で堅実な映画が誉れある賞を独占したことを寿ぎたい。国王だってひとりの哀れな人間だ。(ネット業界の成功者たちの確執の話でなく)この「ありふれた」人間ドラマを米国アカデミー協会が顕彰したのはなんだか嬉しい。
主演男優賞のコリン・ファースが受賞スピーチでわざと口籠ってみせるのが傑作だ。