所用で吉祥寺に出向いた。愉しい会話で心和むひとときを過ごしたが、往還の車中では昨夜からの怒りが沸々と再燃して体が震える。どうしようもない無力感に苛まれる。酷い時代である。世も末とはこのことだ。
たまたま手にしたディスクを聴く。少しは心が鎮まるだろうか。
"Diaghilev-Ballets Russes Vol. 4"
チャイコフスキー:
バレエ『白鳥の湖』(抜粋)*
チャイコフスキー(ストラヴィンスキー編):
バレエ『眠れる森の美女』より**
■リラの精のヴァリアシオン
■間奏曲
■青い鳥のパ・ド・ドゥー
ストラヴィンスキー:
バレエ『夜鶯の歌』***
ユーリー・アローノヴィチ*、若杉弘**、エルネスト・ブール***指揮
バーデン=バーデン&フライブルク南西ドイツ放送交響楽団
1996年6月、バーデン=バーデン、クアハウス、ベナゼ=ザール*
1999年2月、フライブルク、コンツェルトハウス**
1972年1月、バーデン=バーデン、ハンス・ロスバウト=スタジオ**
Hänssler CD 93.234 (2009)
ヘンスラー・レーベルの「
ディアギレフ/バレエ・リュス」シリーズは目下第七集まで出ているが、何故かこの「第四集」だけが中古でなかなか探せなかった。古本屋が云うところの「キキメ」なのか。吉祥寺でやっと安価にて発掘した。
いずれも南西ドイツ放送局アーカイヴにある既存の音源からのセレクションだが、いずれも上質な演奏。アローノヴィチの『
白鳥湖』抜粋は徹底してシンフォニックな行き方で、ちょっと踊れそうもないテンポが頻出。だが緊迫感に満ちた好演だ。
若杉の置き土産である『
眠れる王女』抜粋はいずれもストラヴィンスキー編曲という珍品。冒頭二曲はバレエ・リュス1921年の倫敦公演でピアノ譜しかない部分をディアギレフの依頼で補ったもの。この版が聴けるのはエッシェンバッハ盤(Teldec)以来か。最後の「青い鳥のパ・ド・ドゥー」は1941年に紐育のバレエ・シアターのリチャード・プレズントからの依頼で手掛けた小編成用アレンジ。戦時下ならではの窮余の策である。こちらもネーメ・ヤルヴィ盤で耳にして以来の珍しい版だ。若杉はいずれも難なくこなしている。
そして最後の『
夜鶯の歌』はエルネスト・ブールのたいそう尖鋭的な秀演。たぶん昔 Astrée レーベルから出ていたのと同一の演奏だろうが、再び感嘆久しうした。
チャイコフスキーとストラヴィンスキーをうまい具合に架橋した優れたアンソロジー。バレエ・リュスに関心のある方なら(同シリーズの他盤と同様)必携であろう。
嗚呼よき音楽は難有き哉。いつ聴いても裏切られることがないから。