ちょっと逡巡した末、久しぶりに
ジャクリーヌ・デュ・プレのディスクをかける。雑誌のカヴァー・ストーリーを読むうち無性に聴きたくなった。
ほぼ十年という余りにも短いキャリアゆえ遺された彼女の録音はどれも値千金だ。放送局のアーカイヴ録音や個人がエアチェックした音源も貴重である。
エルガー:
チェロ協奏曲*
「ザ・ミュージック・メイカー」**
チェロ/ジャクリーヌ・デュ・プレ*
マルコム・サージェント卿指揮
BBC交響楽団*
コントラルト/マージョリー・トマス**
ロイヤル合唱協会、ハダーズフィールド合唱協会、リーズ・フィルハーモニー協会**
ロンドン交響楽団**
1963年8月22日、65年4月29日、ロンドン、ロイヤル・アルバート・ホール(実況)
Intaglio INCD 7351 (1992)
このエルガーは録音が残るデュ・プレによる同曲の最も早い演奏記録だろう。1963年夏、ロイヤル・アルバート・ホールとくればプロムズ(Proms)実況である。BBCのアーカイヴ・サイトを参照すると、彼女のプロムズ出演歴は以下のとおり。
1)
1962年8月14日
エルガー: チェロ協奏曲
マルコム・サージェント卿指揮 BBC交響楽団
2)
1963年8月22日
エルガー: チェロ協奏曲*
マルコム・サージェント卿指揮 BBC交響楽団
3)
1964年9月3日
エルガー: チェロ協奏曲*
マルコム・サージェント卿指揮 BBC交響楽団
プリオー・レニエ: チェロ協奏曲(世界初演)*
ノーマン・デル・マー指揮 BBC交響楽団
4)
1965年9月1日
エルガー: チェロ協奏曲
マルコム・サージェント卿指揮 BBC交響楽団
5)
1965年9月3日
ブロッホ: 「シェロモ」
ノーマン・デル・マー指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
6)
1967年8月15日
シューマン: チェロ協奏曲
エイドリアン・ボールト卿指揮 BBC交響楽団
7)
1969年7月25日
ドヴォジャーク: チェロ協奏曲*
チャールズ・グローヴズ卿指揮 ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団
以上がすべてである(*=CD化済)。
思いのほか少ない気がする。意外にもバルビローリとの共演は一度もない。1962年から四年連続したエルガーでの伴奏指揮がすべて
マルコム・サージェントだった事実にも驚かされる。このほか1971年9月3日にも登場してベートーヴェンの「大公」トリオを演奏する予定だったが、指の故障(と称されていた)によりキャンセルされ、デュ・プレはほどなく引退を余儀なくされる。それからの悲劇は周知のとおり。
さて、こうしてプロムズの演奏記録を眺めると、デビュー当初デュ・プレを引きたてたメンター(年長の導き手)はバルビローリ卿でなくサージェント卿だったことが得心される。四年も連続してエルガーの協奏曲で共演するとはちょっと尋常でない肩入れぶりだからだ。このコンビでエルガーの正規録音がなされなかったのが残念、というか、むしろ不可解な気がする。デュ・プレは1965年8月19日、満を持してエルガーのスタジオ録音に臨むのだが、その共演相手は周知のようにバルビローリ卿だったのである(その折りのスナップ写真
→1、
→2、
→3、
→4)。
そうした経緯を知ると、1963年のプロムズ実況録音の存在意義はますます重大である。二年後のスタジオ録音に比べると荒削りで彫琢が足りない部分はあるが、生演奏ならではの豊かな感興や緊迫感には捨てがたい魅力がある。サージェント卿のツボを心得た手綱捌きも特筆に値する。
デュ・プレはバルビローリとの録音を調整室でプレイバックするなり、「これは私の演奏ぢゃない!」と悲嘆に暮れたというが(スヴィ・ラジ・グラッブの回想)、察するに彼女の発言の真意は、円満に回を重ねたサージェントとの共演に較べ、スタジオ録音があくまでバルビローリ主導で進んだことへの異議申し立てにあるのだろう。