朝ポストを覗くと白水社から小包が届いている。ハッと気づく。待ちに待った翻訳が遂に仕上がったのだ。奥付を見ると1月20日印刷、2月14日発行とある。出来たてほやほやの一冊なのだ。
デボラ・ソロモン
ジョゼフ・コーネル
箱の中のユートピア
林寿美、太田泰人、近藤学訳
白水社
2011
昨春のこと、川村記念美術館で展覧会があった折、担当学芸員の林寿美さんから「今『
ユートピア・パークウェイ』を翻訳している」と告げられた。その本だったら知っている。"Utopia Parkway: The Life and Work of Joseph Cornell" と題された原著は1997年に出た。コーネルの日記を精査し、関係者の証言を駆使しながら徹底して調べ上げた劃期的な評伝である。
今日は日がな一日この翻訳を読み耽る。原著で四百頁、訳書では五百頁になろうという大著である。時の経つのを忘れ一気に読了。
ジョゼフ・コーネルの生涯はパッとしない。父の早逝とともに家は没落し、長男である彼は生活に喘ぎつつ、障碍を抱えた弟の介護と口うるさい老母との同居に晩年まで明け暮れた。美術教育の機会を奪われ、ニューヨーク郊外フラッシングのうらぶれた一郭ユートピア・パークウェイの陋屋で世捨て人のように暮らした。憧れのヨーロッパ外遊はおろか国内旅行すら儘ならなかった。ドラマティックな人生の対極である。
その彼がふとした偶然からシュルレアリスムと出逢い、コラージュを手がけ始める。無声映画に魅せられ、既存の商業フィルムを自在に再編した実験映画はサルバドール・ダリを嫉妬させた。19世紀ロマンティック・バレエに強い憧憬を抱き、資料を求めニューヨークの古本屋を彷徨する。その造詣と蘊蓄は夙にバレエ関係者の間で知られていた。一方で新興宗教クリスチャン・サイエンスに深く帰依し、現世の虚無と霊魂の不滅に思いを馳せた…。
このあたりの経緯は既に1992~93年の「ジョゼフ・コーネル展」カタログに収められた
サンドラ・レナード・スター女史のコーネル論でもあらかた語られていたが、今回のデボラ・ソロモンの評伝は大筋において同様ながら遙かに詳細を極めていて、有無をいわせぬ説得力をもって記述される。
感心させられるのはデボラ女史の目配りの確かさ。コーネルの芸術形成を徒にシュルレアリスムとの接触とばかり関連づけず、パーヴェル・チェリチェフ(チェリシチェフ)らネオ・ロマンティストの画家たち、画廊主ジュリアン・レヴィ、富裕なバレエ出資者リンカン・カースタイン、詩人チャールズ・ヘンライ・フォードらとの交遊の網目から肌理こまやかに浮かび上がらせる。コーネルもまた時代の子だったのだ。
戦後50年代の抽象表現主義の勃興とは無縁にみえるコーネルだが、意外にもロバート・マザウェルと一時期は深く交わり、マーク・ロスコ(奇しくもコーネルと同年である)やウィレム・デ・クーニングらとも交渉があったというのはちょっと意外な驚きだ。デボラ女史はこの時期のコーネルの簡潔な箱作品に抽象表現主義からミニマルへと向かう同時代美術の反映を認める。成程そうかもしれない。
一方60年代にどっと制作されたカラフルなコラージュ作品には同時期のアメリカ美術との緊密な親和性が指摘される。早くからチープな日用品や印刷物を素材に用い、映画スターを主題としてきたコーネルは、本人の与り知らぬ間にポップ・アートの先駆者に祀り上げられた。ラウシェンバーグもウォーホルも大先輩に一目おいていた由。ジョン・レノンと小野洋子がユートピア・パークウェイを訪問する話も出てくる。
コーネルの映画製作についての記述もたいそう有益である。協力者や出演者の証言から個々のフィルムの出自や意図がかなり明確になったのが嬉しい。
本書の白眉は生涯も終盤に差し掛かった十七章以降ではないか。
母と弟の世話に忙殺されたコーネルは生涯独身を余儀なくされた。内心はバレエ・ダンサーや映画女優に秘めたる憧れを抱きつつも、実生活では女性との恋愛を忌避し、修道僧のような禁欲生活を自らに課していた。ちょっとしたデートすら経験しないまま老境を迎えたのである。
ところが五十代の後半から、まるで呪縛が解けたかの如く、十代の少女たちに異常なまでの執着を示し始める。映画出演や制作助手という名目で、何人もの娘たちを雇い入れては熱烈な恋心を募らせるに至った。
コーネルの(一方的な)恋愛対象は若く才能ある女性アーティストたちにも及んだ。過激な身体パフォーマンスで物議を醸したキャロリー・シュニーマンや草間彌生が相次いで彼を魅了した事実は極めて示唆的である。このあたりのデボラ女史の記述は客観性を保ちつつも、彼女らの証言に基づいた生々しい迫真性に満ち、「静謐な隠者」コーネルの印象を覆すに充分である。
コーネルの最愛にして最も悲劇的な恋愛対象はジョイス・ハンターだった。マンハッタンの珈琲店で働く十八歳のウェイトレスにコーネルは一目惚れし、アトリエを訪れるよう懇願する。彼の眼には無垢な天使と映ったジョイス嬢だが、実際の彼女は家出して未婚の母となり、麻薬にも手を出す非行少女そのものだった。
コーネルからプレゼントされた作品を彼女は即座に金に替えた。そればかりか悪友と共謀してガレージに押し入り、九点もの箱を盗み出し転売しようとした。窃盗で逮捕された犯罪者をコーネルは憎むどころか、自らの費用で弁護人を雇い、保釈金まで用立てている。少女への恋慕はもはや妄執の域に達していたのである。
コーネルは釈放後のジョイスを見捨てることができず、以前のように自宅へ招いたり、生活費を工面したりした。
それから程なく惨劇が起こる。ジョイスが身を寄せる安ホテルで男女間の諍いがあり、巻き込まれた彼女はナイフで刺し殺されてしまったのである。
コーネルの嘆きの深さは察するに余りある。追いうちをかけるように、彼の周囲で身近な者の死が相次ぐ。本書の十八章が「さようなら、ロバート」、十九章が「さようなら、コーネル夫人」とそれぞれ題されているのはそのためである。
愛する少女と肉親の死にしたたか打ちのめされ、ジョイス・ハンターと弟ロバートの冥福を祈るほか術のないコーネル。グッゲンハイム美術館での大回顧展に象徴される栄光と名声に困惑するコーネル。既に創作力の大半を使い尽くした彼には僅かな余生しか残されてはいなかった。
本書は葬儀の場面で締め括られる。生前の希望どおり火葬に付された彼の遺灰入れはたいそう小さく「コーネルの箱ほどの大きさしかなく」、そのなかに作者自身が納まってしまったのは実に不思議なことだ、とデボラ女史はしみじみ述懐している。
素晴しい本である。特異な芸術家の生涯と作品を、その「詩と真実」を、揺籃となった20世紀ニューヨークの芸術環境を、余すところなく描き出した労作と評すべきだろう。今後コーネルを語るうえで最良の指標となる一冊である。
この浩瀚な評伝が読みやすい正確な日本語で訳されたことを心から寿ぎたい。原書の図版が何割か割愛され、註が省かれたのは瑕瑾ではあるが、この訳書の価値はさして減じはしまい。惜しまれるのは文中に少なからず散見される固有名詞の誤記と表記不統一だが、責めを負うべきはむしろ編集技術上の不備であろう。由緒ある翻訳書の老舗にしてこの不手際はちょっと恥ずかしい。