国営放送の定時ニュースを耳にしていてドキリとした。女性アナウンサーが奇怪な言葉を発したからだ。「…その音楽はヒットチャートを
セキマキしています」。思わず仰け反り、振り返って画面を観たが誤りに気づかない様子。なんとも情けない体たらくである。彼女はこれまでの人生で「席捲する」という語をずっとそう誤読していたのだろうか。しゃべりのプロとして恥ずかしかろう。平気なのかな。
だいたい「
席捲」を「席巻」と表記するからいけない。文部省にも咎がある。それにしても「せきまき」とはなんだ? 恵方巻の親戚かい──そう家人に軽口を叩こうとして、まてよ、と思い返した。そもそも「席捲」の「捲」は「まくる」「めくる」の意だろうが、「席」のほうは何を意味するのだろうか。
手近な辞書を引いてみる。三省堂の『大辞林』である。無論ネット上のだが。
せっけん せきけん 【席▽巻/席▼捲】
(名)~スル
席(むしろ)を巻くように、片端から領土を攻め取ること。広い地域にわたって次々と猛威を振るうこと。 【戦国策(楚策)】
「世界を──する」
ひええ、知らなかったなあ。席捲の「席」はむしろ(筵・蓆)の意味だったなんて。
それにしても「
筵を捲るように」とはなんとも鮮やかな形容である。さすがに漢語の造語力は強靭かつ的確なものよと感心する。しかも紀元前三世紀に遡る『
楚策』(前一世紀に『戦国策』の一部として編纂)に出る成句なのだという。
因みに「
虎の威を借る狐」も同書中の語(「狐假虎威」)だというから驚いてしまう。「
災いを転じて福となす」は『燕策』、「
蛇足」は『斉策』にそれぞれ由来するという。