年末恒例の「
蕎麦ツアー」は例年よりも少し遅く、夕方五時に地下鉄の千石駅に参集。最低催行人数三名のところ、
おらが、
あらお、
あきら、
小生の四名になったので、どうにかこうにか形がついた。
あきらの鞄がえらく重そうなので中身を尋ねると、パソコンだという。なんでも亡き父上の形見だそうで、今日は
おらが君の指導により、メール送受信、グーグル検索など操作法のあらましの手ほどきを受けたのだとか。「昼過ぎからずっと画面と格闘して、もうへとへと、トゥー・マッチだよ…」と弱音を吐く。
まずはいつもの
駕籠町藪に赴き、とりあえず麦酒で乾杯。
つまみのあれこれをのんびり突ついていると、どんどん来客がやってきて満席になる。大晦日なので夕方になると混み合ってくるのは当然だ。急かされるように蕎麦を註文。小生は
牡蠣蕎麦を賞味する。やはり冬はこれに限る。
一時間も席を温めぬうちに退散。なんだか物足りない気分だ。
表に出て歩き出すうち、隣町の白山に住む
しゅん君に電話してみようと衆議一決。携帯で連絡をとると、「今ちょうど荻大ノートが完成しかかっている。あと一、二時間はかかりそう」とのことだ。
「
荻大ノート」とは元旦を期して旧友たちがこぞって立ち上げようとしているサイトである。昔のこと、今のことを、思いのままに書き綴って天下に公開しようという企てである。ネットに長けた
しゅんが面倒なサイト構築作業に取り組んでいて、殆ど出来上がったところなのだ。ならば完成の瞬間にぜひ居合わせようと、仕事場まで出向いてみることにする。ここから徒歩でほんの十分足らずの場所だ。
四人して訪れると、折りから
しゅんはコンピューターに向かって奮闘中。いろいろ細部に難題を抱え四苦八苦しているのだという。肩越しに画面を覗き込むと、おお、出来つつあるではないか、われらの遊び場が! 素晴しいことだ。
小生は前々から依頼されていたにも係わらず、このサイトに寄稿する筈の拙文ができていない。忸怩たる思いで、作業を固唾を呑んで見守る。
待つこと一時間ほど。「やっとできた!」の声。「あちこち手直しは必要だけど、とりあえずアップしよう!」。
全員で画面(
→荻大ノート トップページ)に見入った。シンプルなデザインが潔い。
現在そしてあの時代がある。
あの時代は70年代。
当時15歳から22歳くらいで出会った仲間たち。
きっかけは林美雄さんが担当したTBSラジオの深夜放送だった。
学校も住む場所もバラバラの珍しい集団。[…]
ウィーンの
Boeが書いてくれた真情あふるるマニフェストの一節だ。
その間、
あきらは時間をかけてこつこつと、
Boe宛てのメールを一字一字人差し指で入力している。初心者なので大変だが、こちらも完成。早速ウィーンに送信する。
これにて全作業終了。五人して二軒目の蕎麦屋まで移動。白山駅から少し脇道に入った「
大むらそば店」という庶民的な店。
しゅんの労苦をねぎらうべく、ありったけのつまみを註文。麦酒と焼酎で乾杯。最後は
大もり蕎麦で〆。ああ満腹だ。
そのあとマックで珈琲を啜り、
しゅんの部屋でしばし雑談。最後は近所の
白山神社まで赴き、甘酒をふるまわれる。神殿に恭しく拝礼。深夜の初詣客の多さに驚く。
終夜運転の地下鉄とJRを乗り継いで帰路に就く。途中で若い女性が大勢乗り込んできたのはコンサート帰りだろうか。丑三つとは思えぬ賑やかさだ。
帰宅は三時近くなったが、不思議に寒さを感じさせない一夜だった。