探し物があって別室のCDの山を崩したら、思いがけないディスクがひょこっと姿を現す。暫く見かけないなと訝しく思っていたら、妙なところに紛れ込んでしまっていた。これを久しぶりに聴く。年末に聴くのに相応しいとも思えぬが、ともかく聴こう。
"kurt weill: berlin im licht"
クルト・ワイル:
光輝くベルリン** (1928)
緩やかなフォックスとアルジ・ソング** (1920~21頃)
肉団子の歌** (1926)
おゝ、わが恋人はひんやりした泉* (1924)
娘たちの踊り* (1923)
バスティーユ音楽 ~『グスタフ三世』 (1927)
石油音楽** ~『経済』 (1928)
パナマ組曲 ~『マリー・ガラント』 (1934)
カウボーイ・ソング** ~『ジョニー・ジョンソン』 (1936)
ヴァレンタイン大尉のソング** ~『ジョニー・ジョンソン』
静かな都会* (1919)
ソプラノ/ローズマリー・ハーディ*
バリトン/ハインツ・カール・グルーバー**
ピアノ/ユーリ・ヴィゲット
HK・グルーバー指揮
アンサンブル・モデルン
1989年12月、1990年2月、フランクフルト、ヘッセン放送協会、大スタジオ
Largo 5114 (1990)
このディスクは池袋WAVEで買ったのだと思う。セゾン美術館の真向かいにビルを構えていた通好みのCDショップ。今は昔、きっかり二十年前の話である。
当時はクルト・ワイルに関する知識が乏しくて、このディスクについては収録曲も殆ど聴き憶えがなく、演奏メンバーにもとんと馴染がなかった。せいぜい『三文オペラ』と『マハゴニー』と『七つの大罪』しか知らず、テレサ・ストラータスのアルバム「知られざるクルト・ワイル」に戸惑っていた頃である。
ベルリンの壁がいきなり取り払われ、社会主義のドミノ倒しが始まろうとする時代だったことは、このCDケースに
ブランデンブルク門の前を埋め尽くす群衆の写真があしらわれている一事からもわかる(
→これ)。
最初の「ベルリン・イム・リヒト」が始まった途端、これはなんだ、凄いぢゃないか、といきなり惹き込まれた。やたら景気のいいお祭り気分のブラス、世馴れた悪達者めく男声ヴォーカル。「これは一体なんだ?」「これがクルト・ワイルなのか?」と驚きながら、音楽の生きのよさに目を瞠った。曲そのものは上述のストラータスのアルバムに収められていたけれど、まるで別物、初めて耳にする気がした。まるでドイツ統一を祝う日のために予め作曲してあった音楽みたいだ、と思ったりもした。
そのあとの諸曲も驚きの連続だった。サッカリンみたいに甘美なカバレット・ソング "Algi-Song" にも魂消たし、皮肉っぽい毒のある小唄 "Klopslied" にも、ブゾーニ門下生らしい芸術歌曲にも、「こんなワイルがあるのか」と吃驚させられた。しかもここにはブレヒトが登場しない。要するに目から耳から鱗がごっそり落ちた次第。
それにしても
HK・グルーバーとは何者なのか。まるで自分の歌みたいな気軽さでワイルを鼻歌のように唄い、水際だった手腕でアンサンブルを自在に統率する…。いやはや、二十年前の自分は何も知らない無能なリスナーにすぎなかったのだ。