ここで取っておきの一枚を。クリスマスそのものを題材とした(実をいうと)数少ない音楽のひとつで、しかも飛びきり心うたれる秀作がこれである。
パウル・ヒンデミット:
歌劇 『ロング・クリスマス・ディナー』 (1960)
横浜シティオペラ ~三縄みどり、安念千恵子、小栗純一、長谷川寛、君島広昭、悦田比呂子、田中奈美子、芳賀美穂、石井隆友
佐藤功太郎指揮
神奈川フィルハーモニー管弦楽団1997年11月28日、神奈川県立音楽堂(定期公演実況)
神奈川フィル 番号なし (1997)
このオペラを舞台で観たことがある。
東京室内歌劇場の公演である。
アメリカ中西部の田舎町で一家が慎ましくクリスマスの食卓に着いている。
あとはひたすら家族間の会話だけで物語は展開されるのだが、不思議なことに舞台装置はそのままに、最初は1860年頃だったはずの時代設定はいつの間にか五年後、十年後、二十年後へとシフトしていく。クリスマス・ディナーのテーブルは変わらないのに、時が過ぎ、人は去り、家族の顔ぶれもどんどん入れ替わっていく。ふと気づくと時すでに現代(1950年)。僅か五十分ほどの間に、食卓を囲む世代が三交替し、とどめようのない歴史を確実に刻んだのだ…。
これは面白い舞台だった。ヒンデミットの音楽は常にひっそり物語に寄り添い、家族の歴史を静かに見つめるような趣。たった一度きりの観劇だが、その印象は忘れがたい。
ソーントン・ワイルダーの同名の戯曲(1931)からのオペラ化だという。
このときはたしか原作の舞台劇との併演という大胆な試みだったと思う。調べてみると1997年12月、パナソニック・グローブ座での公演だったらしい。
このCDも奇しくも同じその1997年暮れの収録だという。この珍しいオペラが相前後して日本で上演されたというのが偶然とはいえ面白い(因みに日本初演は恐らく1969年の東京室内歌劇場公演)。
こちらはどうやら演奏会形式上演だったらしいが、ブックレットには何ひとつ記述がない。奇妙なことに日本語上演なのに訳詞家の表記もないし、そもそもソーントン・ワイルダーの名も記されていない。演奏そのものは歌唱がやけに慎重で、面白味に欠けるが、これが世界初録音だと思われるので貴重な記録であることは事実。ごく最近マレク・ヤノフスキ指揮盤(Wergo)が出るまでは永らく唯一のCDだった。
ヒンデミット晩年の渋く静謐な音楽はしみじみ心に残るが、正直なところこのオペラを視覚情報抜きで楽しむのは至難の業である。次々に登場人物が入れ替わっていく「取り返しのつかぬ時の経過」を実感するには至らないのである。いつかまた生の舞台に接したいものだ。