とうとう出発の日になってしまった。念のため六時半に目覚まし時計を仕掛けたのであるが、その前に目が醒めてしまう。もう荷造りはあらかた済ませたし、重たい書籍類は綺麗さっぱり郵送してしまった。
TVを点けると、昨夜に引き続き、
チャールズ&カミラ御用車襲撃事件の話題でもちきりである。口をあんぐり開け驚愕するご両人の写真(
→これ)が繰り返し映し出される。昨日の学費値上げ法案は三百二十三対三百二の僅差で可決されたのだという。国論が二分され、学生の怒りが頂点に達したこの日に皇太子夫妻がのんびり観劇というタイミングはいかにもまずかった。まあ以前から決まっていた予定だろうから止むをえまいが。さしも謹厳実直なるBBCもこの日に限っては「とくダネ!」か「朝ズバッ!」のノリである。
そうだ、こういう日だから新聞でも買ってみようかと、例のインド人の店で「デイリー・テレグラフ」紙と「ザ・タイムズ」紙を手に取った。いずれも一面に同じ「口あんぐり」写真が大きく掲げられる。特ダネ写真ということだろう。
長旅が控えているので、バスタブに湯を張って朝風呂。それから朝食。すっかり馴染んだ食堂ともお別れだ。最後はやはり倹約主義に徹して「大陸式」。
歯磨きを済ませ、洗面具を片付けると、準備完了。旅行鞄を肩に、トランクを転がして地上階のフロントへ。精算すべき超過料金は自宅へ一度だけかけた国際電話だけ。四・五ポンド(五百円位)也。
ホテルを出たのは八時半。残る心配事はヒースローまでの足。もしも到着時のようにピカデリー・ラインが不通だったらどうしようという一事である。キャブで直行するだけのポンドはもう懐中にはない。
荷物を引き摺って恐る恐るラッセル・スクエア駅まで辿り着くと、ありがたや、ちゃんと動いている。リフトで地下に降り、すぐ来た列車に乗り込む。窓際に読み捨ててあった無料地下鉄新聞「メトロ」を拾い上げると、そこにも「口あんぐり」写真が。
これにて今回の訪英のミッションは完遂した。手元不如意のなかで無理に工面しただけの成果は充分に得られたと思う。
とにかく寒かった。こんな凍てつく倫敦は初めてだったが、それでも来てよかった。
暫く混み合っていた車内もハマースミス駅を過ぎたあたりから空き始め、空港駅に着くあたりではガラガラになった。行きと同じターミナル3駅で下車。まだ九時半にもなっていないが、とりあえずヴァージン・アトランティックの出発カウンターへ直行する。既に受付は開始されており、自動発券機でちょっと梃子摺ったがなんとか発券、あとはトランクを預けて一件落着。ほっと一息つく。
まだ搭乗時刻まで二時間近くあるので、近くのイタリアン・カフェで軽く飲食。ポケットに残った小銭を掻き集めたら、なんとかカルボナーラとカプッチーノにありつけた。〆て九・一ポンド也。お味はまあこんなものか。
手荷物検査も出国審査も難なく済み、免税店で手土産のミント・チョコレートを購めたらもうすることはない。長い廊下を延々と歩かされ搭乗口へ。なんとも殺風景な場所である。そして搭乗。高校生の団体とかちあってほぼ満席だ。やれやれ。
正午きっかりの筈の離陸時刻は二時間も遅れた。
安堵したからだろう、着席するや否やどっと眠気が襲ってきて、離陸時も半ば眠ったままだった。程なく飲物タイムになったので目覚めて白葡萄酒を所望。やがて昼食だというから「松花堂弁当」を所望してみる。行きの便で隣席の客が美味そうに食べていたのに倣ったのだが、帰りの便の松花堂は明らかに見劣りする。まあ倫敦製なので致し方ないか。ここでも白葡萄酒をいただいた。
一刻も早く眠りたかったからだが、どうも悪酔いしてしまったらしく、うつらうつらしただけで殆ど就眠できず。これはかなりしんどい。エコノミー席の十一時間が辛いなと痛感したのはやはり歳のせいか。
成田着はほぼ定刻どおりの午前十一時過ぎ。疲労感がじわじわこみ上げてきた。