月曜日の夕に到着してもう四日が過ぎ、どうやら英国時間に体が馴染んだらしい。夜中に目覚めることもなく、今朝は七時までぐっすり眠った。もっとも外はまだ真っ暗。なにしろ日の出の時刻が八時近くなのである。
BBC・TVのニュースは相変わらずスコットランドを中心に英国を見舞った大雪の話題でもちきりで、またしても "Frozen Britain" の文字が躍っている。
もうひとつ、"Tuition fee bill" という字句も毎日のように目にする。試みに持参した電子辞書を引くと「
学費(授業料)法案」──大学の学費の大幅値上げを目論む法案が英国議会で目下審議中らしい。先日トラファルガー広場で寒空のもと学生諸君が熱く気勢を上げていたのはこの問題を巡ってなのだと遅蒔きながら気づく。
英国の大学の学費は他国に比してかなり安めなのだそうだが、それを三倍近くまで引き上げようというのが今回の「学費法案」の趣旨であるらしい(小生の乏しい英語聴取に基づく情報なので間違っていたらご容赦ください)。これでは当事者たる大学生たちが怒り心頭に発するのも無理はない気がする。
そういえばわがニッポン国では若者が怒りのあまり立ち上げるという光景を久しく目にしていない──そんな由無しごとを愚考していたら空がようやく白んできた。
八時近くにいつものように食堂へ。このところ散財が続いているので緊縮財政を図らねばならぬ。今日は「コンティネンタル」式の質素な朝食で我慢しよう。温かい食材が飲物だけでちょっと物足りないが、シリアルをお代わりしたので腹は膨れた。食後は例によって玄関脇の喫煙所で一服。今日もまたイタリア女性二人組と遭遇した。
部屋に戻って、昨日買った『タイムアウト』誌にもう一度ざっと目を通す。
実は今夕に限ってはめぼしい演しものがなく、どこへ出向くか、予定が定まらないのである。演奏会もオペラもバレエもないとなれば、ミュージカルかストレート・プレイでも…という案もないではないが、見ず知らずの芝居に足を運ぶと手痛い仕打ちにあう。早口の台詞の応酬がまるきり聞き取れず、プロットすら理解できずに終わるのが関の山である。事前に台本を手に入れてみっちり読んでおく必要がある。
実は
クリフォード・オデッツの "The Country Girl" という芝居がシャフツベリーのアポロ座で目下公演中。『タイムアウト』の紹介文も好意的で、ひどく気になる。
アルコール中毒に悩む往年の花形役者のもとに若い演出家から出演依頼が舞い込む。復帰を目指す彼は心中に悩みを抱えつつ稽古に入るのだが…という粗筋らしい。待てよ、このプロットはどこかで観た憶えがある。ひょっとしてこれは、ビング・クロズビーが主演した映画『喝采』と同じ話ではないか。グレース・ケリーがアル中のクロズビーを支える妻の役で出ていた。
もしかしたら書店でオデッツの『カントリー・ガール』の台本が手に入るかもしれない。それで予習すれば少しは歯が立つかもしれない。サウスバンクに出向いたら国立劇場のショップで探してみよう。
ロングランを続ける『レ・ミゼラブル』『オペラ座の怪人』以下のミュージカル群にはまるきり食指が伸びないのだが、なんと
マーク・ブリッツスタインの左翼ミュージカル『揺り籠は揺れる』が公演中なのに胸が騒ぐ。ただし劇場の所在地が Hackney というえらく不便な郊外なので、雪のなかをわざわざ出向くのが躊躇われる。
そうこうしていたら、漸く窓の外が白んできた。今日もまたパッとしない曇天である。夕方の予定はおいおい考えることにして、先ずはどこか美術館へ出掛けよう。そうだ、テイト・モダンではゴーギャンの回顧展をやっている。地下鉄の駅でさんざんポスターを見かけたではないか。ついでに常設展示の20世紀美術もざっと観よう。
今日も勝手知ったるラッセル・スクエアのバス停へ。一昨日サウスバンクへ赴いたのと同じ「188」番のバスに乗り込み、ウォータールー橋のひとつ手前のオルドウィッチで下車。そこから指呼の距離にある地下鉄テンプル駅からディストリクト・ラインに乗り込み、ふたつ先のマンション・ハウス駅で降りる。ここからテムズ河畔に出ると、対岸に古色蒼然たる褐色の
テイト・モダンの建物が見える。初夏だったら散策が愉しい界隈なのだが、鉛色の空の下、岸の欄干には先日来の雪がまだ残り、吹き過ぎる川風は凍てつく冷たさだ。足早に(といっても転ばぬように注意しながら)両岸を繋ぐ歩道橋「サウスウォーク」のたもとへ。
いつもなら華やいだ気分で大倫敦のパノラマ風景を見渡しながらそぞろ歩くこの橋も、今日ばかりは景色を眺めるゆとりはない。一刻も早く辿り着きたい一心で、脇目もふらずに渡り終えた。そのままテイト・モダンの地上階へ。
まずはカフェに入って暖をとろう。早い時間のせいか空いていたので待たされずに着席し、熱いココアで体を温めた。ほっと人心地つく。
窓口で展覧会入場券(13.50ポンド也)を手にし、そのまま会場のあるエスカレーターで四階へ。《ネヴァーモア》 を大きくあしらった展覧会入口が見える。付近は既に人だかりがしている。正式な展覧会名は "GAUGUIN: Maker of Myth" という。「
神話創造者ゴーギャン」といったところか。ブルターニュやタヒチの神話・伝説に材を得て謎めいた作品群を次々に産み出し、自らも生きながら伝説の存在となったゴーギャンに相応しいタイトルかもしれない。
このあと過ごした二時間はまさに筆舌に尽くしがたい体験だった。
とにかく凄い。凄すぎて言葉にならないのだ。ゴーギャンを理解するうえで必要充分な秀作(のみ)が集められ、熟慮の末に絶妙な取り合わせで説得力豊かに展示されている。画集でしか起こり得ないことが、現実の展覧会場で開陳されるのを目の当たりにした。驚きを通り越して、ただ茫然と立ち竦むばかり。これまでニッポンで目にしたゴーギャン展、あれらは一体なんだったのかという苦い思いも入り混じる。
話し出すとキリがないので、一例だけ挙げようか。
この展覧会は年代を追ったクロノロジカルな配列を排し、部屋毎にテーマを定め展示を連ねていくのだが、その最初のセクションはまず自画像を扱う(題して "Identity and self-mythology")。生真面目な青年然としたもの(ハーヴァード、フォッグ美術館
→これ)、よく知られたパレットをもつ自画像(個人蔵
→これ)、珍しく穏やかな表情をしたもの(ワシントン、ナショナル・ギャラリー
→これ)、顎に手を当て狷介な面構えのもの(サンアントニオ、マクネイ美術館
→これ)、眼鏡をかけひっそり諦感を湛えた最後の自画像(バーゼル美術館
→これ)が同じ壁にずらり一列に並ぶ。
これだけでも圧倒的なのだが、同じ部屋には自らをキリストに擬した 《オリーヴ山のキリスト》(ノートン美術館
→これ)や、頭上に円光を載せた奇矯な自画像(ワシントン、ナショナル・ギャラリー
→これ)も居並ぶ。どれもこれも凄味のある絵ばかり。
同じ自画像のコーナーには何故か一点だけ、タヒチ時代の鬼気迫る裸婦の傑作 《
マナオ・トゥパパウ(死霊が見つめている)》(バッファロー、オルブライト=ノックス美術館
→これ)がぽつんと鎮座している。はてさて、これは一体全体どういう意図なのだろうと訝しがって傍らを見ると、疑問はたちどころに氷解した。
そこにはもう一点、パリのオルセー美術館から借りた、帽子を被った自画像が置かれていた(
→これ)。おわかりだろうか。このオルセーの自画像の背景には、ほかでもない、その 《マナオ・トゥパパウ》 が画室に飾られた状態で(鏡に写したため左右反転して)描かれていたのである! いやはや参った。その実にさりげないやり口に脱帽だ。これが見せたくて、二点を借用しわざわざ近接させて並べたのである!
もうひとつ、風景画を特集した "Landscape and rural narrative" という五室目のセクションで、これも名高い裸婦横臥像 《
処女喪失》(ヴァージニア州ノーフォーク、クライスラー美術館
→これ)が、テイトが所蔵する風景画 《収穫 ル・プールデュ》(
→これ)と隣り合わせに並んでいるのに訳もなく感動した。両者は明らかに同一の場所を(ほんの僅か視点を変えて)描いているからだ。
この展覧会のことを書き出すと際限がなくなる。展示点数百五十余。禍々しい大作から可憐な小品まで、どこもかしこも優品傑作の目白押しで、無駄な作品なぞひとつもない。水彩画やスケッチにも宝石のように光るものがあったし、手作りの木彫の数々にはゴーギャンの「生み出さずにはいられない衝動」「手仕事への尽きせぬ愛着」がまざまざと感じられた。自尊心ばかり強い傲慢な奴と敬遠してきたゴーギャンだが、この展覧会をみたらもう「好きにならずにはいられない」。
したたかうちのめされて会場を出ると、つい展覧会カタログを買ってしまう。荷物になるとわかっちゃいるけど、やめられない。傍らに小さなカフェ(エスプレッソ・バー)があったのでちょっと小休止。サンドウィッチとカフェ・ラッテで小腹を満たす。茫然自失していて味がよくわからない。
そのあと三階と五階の常設コレクション展示を観て歩いたのだが、正直なところ前回(2008)や前々回(2000年)体験したときほど感興が湧かないのはどうしたことだろう。前回すっかり感心したキュビスム絵画→ジョナス・メカスの日記映画のような衝撃的な併置はみられず、楽しみにしていたナウム・ガボのコーナーもなくなっていた。そもそも肝腎の「ロスコ・ルーム」が閉まっていて入れない。なんともはや拍子抜けするような陣容に些か落胆した。エントランスの大空間に設営された艾未未のインスタレーションも、なんとも退屈な出来でガッカリ。
結局この館に三時間半ほどいただろうか。表に出ると、なんと青空が一面に拡がり、千切れ雲が西日に赤く染まっている。陽光を目にするのはヒースローに到着した月曜の夕方以来ではないか。それでも空気の冷たさは変わらない。
重たいカタログを抱えてしまったので一旦ホテルに戻ることにする。再びサウスウォークで渡河して地下鉄のマンション・ハウス駅へ。来た道順を逆向きに辿る按配で地下鉄のテンプル駅へ。そこからはバスでラッセル・スクエアまでご帰還。ふう、体が冷え切ったわい。
ホテルの部屋で再び『タイムアウト』誌の演劇頁を拡げて思案したところ、次のようなレヴュー記事を発見した。
虹の果て End of the Window
トラファルガー・ストゥディオズ
伝説的な歌姫ジュディ・ガーランドの悲劇的な物語を知らぬ者はおるまい。栄光を極めた果てに酒と薬まみれの人生、結婚生活の破綻が待ち構えていた。テリー・ジョンソン演出、ピーター・クィルター台本によるこのミュージカル・プレイに、何か新たな発見を期待してはいけない。基本的には感傷的な展開の常道を行く舞台の見どころは、ひとえに(主役を演じる)トレイシー・ベネットの名演技にかかっている。
舞台設定は1969年。手元不如意のガーランドは、ロンドンのクラブ「トーク・オヴ・ザ・タウン」での五週間興行を決意する。その僅か数か月後、彼女は薬物摂取過多で四十七年の生涯を閉じることになるのだが。[…] ベネットの役作りはまことに秀逸で、生き写しといいたいほど。ちょっと嗄れたハスキーな美声、懇願するような眼差し、後半でガーランドお馴染のナンバーが披露されるくだりでは、華奢で小柄な身体を振りしぼるような動作。
ベネットのガーランドとは、感情への渇望、疲労困憊、燃え尽きつつある才能の輝きのせめぎ合いそのものだ。[…]旅先なので正確な翻訳はご勘弁いただくが、まあ大意は摑める。つまり死を目前にした
ジュディ・ガーランドを題材にした歌芝居ということだ。これは面白いかもしれない。大枠の物語(=伝記的事実)はわかっているのだから、まるきりプロットが追えないということはあるまいし、少なくも歌唱場面は愉しめること請け合いだ。これだ、これにしよう!
(まだ書きかけ)