近所に買物に出たり、別室の書庫で探しものをしたりしていたら、夕方になってしまった。日没が早いのでなんだか損した気分。せっかくの好天だったのだからサイクリングでもすればよかった。明日からまた天気が崩れるらしい。
昨日たまたま西船橋駅構内の書店で手にした新書が実に面白かった。
田之倉稔
モーツァルトの台本作者
ロレンツォ・ダ・ポンテの生涯
平凡社新書
2010
モーツァルトの台本作者についてなら前に読んだ憶えがあるぞ…と思ったら、それは 《魔笛》 の作者シカネーダーの伝記だった。不滅の三大オペラの秀逸な台本を書いた
ロレンツォ・ダ・ポンテの生涯に関しては迂闊にも何ひとつ知らなかった。
イタリア各都市で山師顔負けの遍歴を重ねた末ウィーンに赴き、モーツァルトと組んでオペラ界で大成功を収めたダ・ポンテであるが、皇帝が代替わりするとたちまち宮廷の寵を失って追放の憂き目にあう。
そこでパリを目指すが折悪しくフランス革命が勃発、行先を急遽ロンドンに変更し、この地で十四年を過ごすが、苦労した割に台本作者としては鳴かず飛ばず。
すっかり尾羽打ち枯らした惨めな姿で大西洋を渡りアメリカを目指す。ここでも積年の夢は断ちがたく、新天地でオペラ上演に尽力するのだが…。
いやはやもう、冒険小説も顔負けの面白さだ。時代の波に翻弄されつつ、逆境に苛まれても決して挫けない生き方はヴォルテールの小説『
カンディード』の同名の主人公さながら。とはいうものの、ウィーン時代の栄光は二度と甦ることなく、晩年のダ・ポンテは異国の地でその波乱の生涯を一冊の回想録に著す。
事実は小説より奇なり。ダ・ポンテがこんなにも興味深い人物だったとは知らなんだ。概ねダ・ポンテの回想に拠りつつも、その事実誤認や誇張はしっかり指摘され正される。新書とはいえ、優に分厚い研究書にも匹敵する濃い内容だ。モーツァルトのオペラに惹かれる者すべてにとって必読の一冊であろう。