切手収集は幼稚園の頃から今に至るまで細々と続けている。もう半世紀を疾うに超えた、わが最長の趣味である。
父の許に届く封書や小包から外国切手を剥がして愉しんでいた時代から、記念切手の発売日を待ち侘びて行列した時代、さらには宇宙飛行士切手に熱中した時代(お蔭で小学三年でキリル文字が読めた)、さらには天文少年としてコペルニクスやガリレオの切手に夢を託した小学校高学年、さらには美術切手に転じた中学時代、とさまざまな変転を経て今日に至る。
1961年、スウェーデン郵政省はノーベル賞受賞者を記念する切手をシリーズとして発行し始めた。といっても、その年の受賞者の切手ではない。受賞年度からきっかり六十年経った人物の偉業を讃えるという、なんとも悠長な話である。すなわち、この年に発行されたのは1901年の第一回ノーベル賞を記念する切手だった。
栄えある第一回受賞者は以下のとおりである。
物理学賞/ヴィルヘルム・レントゲン
化学賞/ヤコブス・ヘンリクス・ファント・ホッフ
医学賞/エミール・アドルフ・フォン・ベーリング
文学賞/シュリ・プリュドム
平和賞/アンリ・デュナン、フレデリック・パシー
これらのうち、ノルウェイが管轄する平和賞を除く四賞の受賞者の肖像が記念切手の図柄となった(
→これ)。四人の横顔を連ねた図柄は地味ながら格調が高い。
まずは文句のない人選であろう。X線の発見者
レントゲンは言うに及ばず、浸透圧に関する法則にその名を残す
ファント・ホッフ、北里柴三郎の共同研究者でジフテリアに対する血清療法を確立した
ベーリング。フランス高踏派の詩人
プリュドムの偉さは小学生にはまだ理解の外であったが。
翌1902年には物理学賞に「ローレンツ力」の
ローレンツ、1903年には物理学賞に
ベクレルと
キュリー夫妻(
→これ)、文学賞に
ビョルンセン、1904年には医学賞に条件反射の
パヴロフ、1905年には医学賞に
コッホ、文学賞に『クオ・ヴァディス』の作家
シェンキェヴィチ(
→これ)…とまあ、毎年のように綺羅星のごとき著名人士が名を連ねている。さすがに名にし負うノーベル賞だけのことはある。
これらの人々が受賞六十年目を迎えるごとにスウェーデンの緻密な凹版印刷によって陸続と切手で顕彰されていった。1960年代を小・中・高校生として過ごした小生は、食い入るように小さな紙片を見つめ続けたものだ。1965年に
朝永振一郎さんがノーベル物理学賞を授かったことも、収集熱にいっそう拍車を駆けたのだと思う。
(明日につづく)