(承前)
マヤコフスキーの「灯台の絵本」は展覧会「
幻のロシア絵本 1920~30年代」にとってまさに必要不可欠だった。なぜならそれは展覧会の本体である「ロシア絵本」の歴史を紹介する七つのセクションの終章「私たちの国 過去から未来へ」の最後に置かれて、ロシア絵本の終焉を告げる役割を果たしていたからだ。
愉快な子どもの生活や心温まる動物の世界を扱ってきた絵本というメディアは、それと同時に、ロシアの矛盾、歴史の悲劇を映し出す鏡でもあった。イデオロギー闘争や戦争の闇は、子どもの世界にも暗い影を落としていく。赤軍の勝利を称える詩、戦争ごっこを奨励する絵本、「ソ連は敵国に狙われているのだ」と恐怖を煽りたてる絵本などを通じて、子どもたちはいつしか富国強兵や「強いロシア」というプロパガンダに慣れ親しんでいった。メーデーを描いた絵本も、華やかなパレードに参加できる社会主義国の子どもたちは幸せで、他の国々の子どもたちは不幸だと語りかけ、読者にある一定の思考の型を刷り込んでいったのである。ダム建設や五カ年計画についての絵本は、厳しい現実や幾多の失敗を隠して、ソ連の繁栄を謳歌していた。
そういったなかで、十月革命を「私の革命」と呼んで歓迎したアヴァンギャルド詩人ウラジーミル・マヤコフスキーは、傑作絵本『海と灯台についての私の本』で、迫り来る闇の時代を予感しつつも、未来への希望を力強く謳い上げた。しかし、時勢の変化に絶望した彼は、1930年ピストル自殺を遂げる。彼の死は、ロシア文化の長い夜の始まりにほかならなかった。以上が最終セクションの章解説の全文。この文章が展覧会場に掲げられた。
この章に関してはとても自分の手に余ると判断した小生は専門家の
鴻野わか菜さんに執筆をお願いした。迫りくる闇と恐怖をひしひしと実感させるような名文である。
併せて、同じく鴻野さんがカタログに書いて下さったマヤコフスキーのこの絵本についての秀逸な解説文も引かせていただこう。
夜の海を照らす孤独な灯台──
革命詩人ウラジーミル・マヤコフスキーは自分の名前と「灯台(マヤーク)」の響きが似ていることから、強い自負と信念を込めてこの詩を謳い上げた。子どもたちよ、灯台のようであれ! 闇に苦しむ人々のため、光で進路を照らしなさい…。一度は革命に熱狂しながらも、迫り来る闇の時代を誰よりも明敏に予感した詩人は、3年後にピストル自殺。世界は暗い海に沈んでいった。革命の理想に鼓舞されて、夢と希望を抱いて愉しげに船出したロシア絵本が弾圧と粛清の嵐に遭遇して絶望と沈黙のうちに命脈を閉じる。「
世界は暗い海に沈んでいった」──この思いもよらぬ辛い結末こそが、展覧会を企画したわれわれがどうしても告げなければならない重たいメッセージなのであった。
マヤコフスキーの絵本『
海と灯台についての私の本』こそは、夢の終焉を物語るうえで欠かすことのできない一冊なのだ。所蔵者の
島多代さんはそのことをすぐさま理解して、門外不出だった絵本をわれわれの展覧会に貸して下さったのである。
1991年にリブロポートから先駆的な画集『
ソビエトの絵本 1920-30』を刊行し、表紙絵にこの絵本の挿絵を掲げて以来、マヤコフスキーの「灯台の絵本」をわが国にきちんと紹介するのが島さんの永きにわたる宿願だったとおぼしい。
ちょうどわが展覧会の開催当時、島さんは上野の国立国会図書館国際子ども図書館の依頼でそのHPに世界各国の絵本を音声付でまるごと紹介するプロジェクトを進められていて、このマヤコフスキーの絵本も候補の一作に挙げられていた。残念ながら絵本の挿絵画家ポクロフスキーの歿年がわからず、著作権の問題がクリアされなかったため、遂に掲載が見送りになったという経緯がある。
展覧会「幻のロシア絵本 1920~30年」をご覧になった方は、その順路の最後のどんづまりのところに『海と灯台についての私の本』がひっそりと置かれていたのをご記憶のことと思う。そのボロボロに傷んだ表紙はあたかも当局との軋轢で痛めつけられたマヤコフスキー自身の姿さながらであり、ズタズタに蹂躙され地に墜ちた革命の理想そのもののようにも感じられた。
丸二年に及んだ展覧会会期のちょうど半ばあたりで島さんから申し入れがあって、この絵本の展示は続けられなくなった。2005年4月から国際子ども図書館で始まる別の展覧会「ロシア児童文学の世界」から出品を強く要請されたのだという。
このときは流石に頭を抱えて困惑した。万事休す。なにしろこれは展覧会のプロットを成立させる肝腎要の一冊なのである。これなしではロシア絵本の興亡の歴史がどうにも締め括れないではないか。
こういうとき、展覧会の共同企画者である芦屋市立美術博物館の
河﨑晃一さんは慌てず騒がず、すぐさま妙案を事もなげに口にした──「
ほな、その絵本の複製版を拵えて、それを展示すればええやないか」。かくて、第四会場の北海道立函館美術館からあとの展示では、精巧に印刷複製された原寸大ファクシミリ版が巡回して事なきを得たのである。こうしてたった一冊だけ刷られた複製絵本は展覧会終了ののち島さんに進呈されたので、小生の手元にはもうその校正刷しかない。
(明日につづく)