八月が終わってしまう前に新着本について書き留めておこう。いずれも昨日ふと銀座まで出た折りに教文館で手にしたもの。一冊は一年前の旧刊、もう一冊は出来たてほやほやの最新刊だ。
まずは旧刊のほうから。
二年前、一世紀に及ぶ生涯を閉じた翻訳家・著述家の高杉一郎さんのアンソロジーが昨年出ていた。寡聞にして全く知らなかった。
高杉一郎
あたたかい人
太田哲男編
みすず書房
2009
高杉一郎さんは戦前からのリベラルなエスペランティストとして、戦後のシベリア抑留に深く根差した気骨ある反スターリニストとして『極光のかげに シベリア俘虜記』(1950)から『征きて還りし兵の記憶』(1996)に到る諸書を世に送るとともに、エロシェンコとスメドレーの翻訳・研究者として彼らの知られざる生涯を探索し、更には英国児童文学、とりわけ『
トムは真夜中の庭で』に始まる
フィリパ・ピアスの翻訳を手掛けて、小生や小生と同世代の読者には忘れることのできない存在だった。
その高杉さんが折りに触れて書いた論考やエッセイのうち、単行本にも生前のアンソロジー『ザメンホフの家族たち』にも未収録のものを集め、二年前に高杉さんの評伝を上梓した太田哲男が編纂した新集である。
主として1980年代以降の文章を中心に編まれながら高杉さんの関心領域をほぼ網羅した優れたアンソロジー。その類い稀な良心と執念の強さをまざまざと伝える内容だ。周到な附註と綿密な校閲がなされたことがうかがわれる。
当然ながら殆どの文章が未読だったものだが、とりわけ(1990年頃のことと思われるのだが)高杉さんがフィリパ・ピアス宛てに自著『極光のかなた』の英語版原稿を送り、そのピアスが読後感を詳しく高杉さんに書き送ったという事実を明かした文章(1993年執筆)に心底驚かされた。そこには児童文学の書き手と翻訳者という関係を遙かに超えた深い心の交感があったのである。
もう一冊は翻訳絵本の最新刊。公式にはまだ刊行されていないことになっている(奥付刊記は9月1日発行)。
ウラジーミル・マヤコフスキー(文)
ボリス・ポクロフスキー(絵)
松谷さやか(訳)
海と灯台の本
新教出版社
2010
マヤコフスキーの "Эта книжечка моя про моря и про маяк" の新訳にして、初版絵本の(おそらく)世界初の復刊である。原題は正確には「これは海と灯台についての私の小さな本です」。略して「
海と灯台についての私の本」と訳すべきだろうか。今度の邦題はちょっと物足りない。
七月末頃だったろうか、
島多代さんから電話があり、開口一番いきなり「
沼辺さん、マヤコフスキーの灯台の絵本が出ることになったのよ!」と告げられた。 それからというもの、刊行を心待ちにしていたものだ。
この絵本は思い出深い。ロシア絵本の再評価の先駆けとなった島多代さんとJ・フレイザーさんの共著『
ソビエトの絵本 1920-30』(1991)の表紙を飾っていたマヤコフスキーの「灯台の絵本」は、島さんの私的な絵本アーカイヴ「ミュゼ・イマジネール」に大切に保存された1927年刊行の稀覯本である。
この時代にロシア絵本はかなりの種類がわが国に齎されたのだが、管見の限りでは「灯台の絵本」は現存していない。島さんがお持ちの一冊は米国(たしかニューヨーク)で見つけられたものだといい、旧蔵者がよほど愛読したのであろう、表紙は本体から外れ、周囲は破けてボロボロの状態である。
2004年から05年にかけて芦屋・足利・東京・函館・大分・下関を巡回した展覧会「
幻のロシア絵本 1920~30年代」では、芦屋に残る吉原治良の旧蔵絵本と小生の架蔵する絵本を組み合わせて中核部分を構成したのだが、ロシア絵本の光芒を物語るうえでどうしても欠かせない稀少な数冊を島さんの「ミュゼ・イマジネール」から拝借した。そのなかで最も必要不可欠だった垂涎の一冊がほかでもない、このマヤコフスキーの「灯台の絵本」だったのである。
Разрезая носом воды,
ходят в море пароходы.
Дуют ветры яростные,
гонят лодки парусные.
Вечером,
а также к ночи,
плавать в море трудно очень.
Все покрыто скалами,
скалами немалыми.
Ближе к суше
еле-еле
даже
днем обходят мели.
Капитан берет бинокль,
но бинокль помочь не мог.
Капитану так обидно —
даже берега не видно.
Закружит волна кружение,
вот
и кораблекрушение.
Вдруг —
обрадован моряк:
загорается маяк.
В самой темени как раз
показался красный глаз.
Поморгал —
и снова нет,
и опять зажегся свет.
Здесь, мол,тихо —
все суда
заплывайте вот сюда.
Бьется в стены шторм и вой.
Лестницею винтовой
каждый вечер,
ближе к ночи,
на маяк идет рабочий.
Наверху фонарище —
яркий,
как пожарище.
Виден он
во все моря,
нету ярче фонаря.
Чтобы всем заметиться,
он еще и вертится.
Труд большой рабочему —
простоять всю ночь ему.
Чтобы пламя не погасло,
подливает в лампу масло.
И чистит
исключительное
стекло увеличительное.
Всем показывает свет —
здесь опасно или нет.
Пароходы,
корабли —
запыхтели,
загребли.
Волны,
как теперь ни ухайте,—
все, кто плавал,—
в тихой бухте.
Нет ни волн,
ни вод,
ни грома,
детям сухо,
дети дома.
Кличет книжечка моя:
— Дети,
будьте как маяк!
Всем,
кто ночью плыть не могут,
освещай огнем дорогу,
Чтоб сказать про это вам,
этой книжечки слова
и рисуночков наброски
сделал
дядя
Маяковский.
以上がマヤコフスキーの原詩(1926)である。絵本はこのうち最後の六行(「以上のことを皆に伝えるためこの小さな本を書き、絵を描いたのはマヤコフスキーおじさんです」)を省いてテクストとしたのがこの1927年の絵本なのだ。
書きだすと長くなるので、この続きは明日に持ち越そう。明日はもう九月だ。