上京ついでにふらりと立ち寄った古書店で思い掛けない薄冊に出くわした。日本で最初に開催されたジョゼフ・コーネル展のカタログである。
Seven Boxes by Joseph Cornell
会期:1978年3月22日~4月8日
雅陶堂ギャラリー(東京・日本橋)
濃紺色の表紙には銀文字でただ "Joseph Cornell" そして★がひとつ配されるばかりだが、扉頁には上の如く記される。題して「
ジョゼフ・コーネルの七つの箱」。今から三十二年前、ひっそりと開催されたこのささやかな展覧会こそが日本におけるコーネル紹介の濫觴である。すべてはここに端を発している。
標題が示すとおり、このとき展示されたのはコーネルの箱が七つ。
1. Untitled [Le Piano] c. 1948
2. Untitled [Hotel Etoile] c. 1959
3. Celestial Navigation by Birds c. 1963
4. Untitled [Dovecote-Americana] c. 1948-49
5. Untitled [Parrot & Butterfly Habitat] c. 1948
6. Untitled [La Bella] c. 1956
7. Untitled [Sand Fountain] c. 1959
ここまで書けばコーネル好きの方はもうお気付きだろう。
このとき日本橋の画廊で初めて紹介されたコーネル七点は、三十二年後の今に至るまで
川村記念美術館が常設展示している七つの箱と同じものなのである。
作家が歿してから僅か六年しか経過しておらず、まだニューヨークの美術市場には質の高いコーネル作品が少なからず流通していたのだろうが、それにしても「音楽」「ホテル」「天空と星」「巣箱」「鳥と蝶」「王女」「砂」といった具合に、コーネル特有の主題系とそれぞれに照応するように、性質の異なる粒揃いの七つのボックスを揃えることができた画廊主の慧眼ぶりが偲ばれよう。
この1978年の展示でもう一点特筆すべき事実がある。それら七つの箱のそれぞれに向けて
瀧口修造の詩が献じられ、カタログに掲載されたのである。
ひとつ例を挙げようか。『
鸚鵡と蝶の住まい』(
→これ)にはこんな詩が捧げられた。
蝶とおうむは隣り合う
無心の鏡が栖
遠い故国の色彩をなつかしむ
危機を孕らむ純無垢
の一刻。
閉じ込められた異国の鳥と蝶々の棲家を「無心の鏡」と表し、「遠い故国の色彩」に思いを馳せる。そしてそこに孕まれた微かな「危機」すら感じ取る。
これをつい先般の川村記念美術館での展覧会に際して新たに詠まれた
高橋睦郎の次の詩と較べてみるのは無上の愉しみであろう。
オウムたちの世界
チョウたちの世界
二つの世界は お互いを知らない
どちらの世界も知っている人間には
自分の世界がありません
ううむ…こちらも劣らず鋭い。金網で隔てられた鸚鵡と蝶が属するふたつの世界が「お互いを知らない」と指摘したあとで、それを硝子越しに眺めるこちら側の人間には「自分の世界がありません」と喝破する。
高橋睦郎さんは1978年のこの展示をご覧になったというから、そのとき刊行された瀧口修造の七つの詩篇を知らない筈はないのであるが、それらを敢えて意識の外に放逐して、まるきり新しい視点から箱と向き合っている。
折角なのでもう一例を掲げる。パルミジャニーノの貴婦人(娼婦ともいう)を封じ込めた『
無題(ラ・ベラ)』(
→これ)にそれぞれの詩人から捧げられたそれぞれの詩篇。
剥がされ色褪せるときの永遠
消しながらの追憶
距たりながら近づく
遺跡の媚笑すら……
肖像画の女性は 見つめる
誰を? とりあえず私を
いいえ 私をつきぬけて 向こうを
そのまっすぐな矢によって
私は消去される
女性は消え失せている