絵本は見ればわかるし頁を捲って愉しめる。だから言葉の違いを難なく擦り抜け、易々と国境を越え世界へと伝播する。
1920年代から30年代にかけてのロシア絵本の勃興は遙か極東の日本にまで影響を及ぼしたほどなので、陸続きのヨーロッパ諸国にはその反響は逸早く現れた。まずはフランスの知識絵本シリーズ「
ペール・カストール」アルバムに、次いでイギリスの「
パフィン・ピクチャー・ブック」に、その速やかな結実がみられる。六年前の『芸術新潮』の特集「
ロシア絵本のすばらしき世界」を繙く。
それ [=フランスの「ペール・カストール」アルバム]
に比べるとイギリスは海を隔てているせいか、反応が遅かった。ペンギン・ブックス社による廉価版絵本シリーズ「パフィン・ピクチャー・ブック」の創刊は1940年になるんです。パフィンは小ぶりな海鳥で、つまりペンギン・ブックスのこども版。やっぱりロシア絵本が手本だから、物語絵本じゃなくて知識絵本ですね。教科書に採用されたくらいで、その点ではもっとも徹底していたんだけど、残念ながら絵が野暮ったい。こちらは1965年の終刊までに120冊が出ています。
この件に関しては例の「
幻のロシア絵本 1920-30年代」展カタログでも拙論にざっと同じ趣旨を記しておいた。
反響はその後も続く。「ペール・カストールのアルバム」に遅れること9年、1940年にはイギリスのペンギン・ブックス社から「パフィン・ピクチャー・ブック Puffin Picture Book Series」が創刊された。6ペンスという低価格でスタートしたこのシリーズは、発案者ノエル・キャリントン(1894~1989)の言によれば、「ソ連の子供むけの図書──安い用紙で百万部単位で作成されるのだが挿絵が力強く、色彩がとても楽しい──を見た時からあたためていた企画」だった。初期のラインナップをみると、その大半が『田舎の動物たち』『機関車の本』『村と町』といった学習絵本で占められ、正確な情報を手際よく視覚化して子どもたちに伝えようとする基本姿勢には、ロシア絵本の方法論がそのまま踏襲されていた。先行するシリーズに比べ、画家たちのスタイルがやや垢抜けない点はあるものの、「パフィン・ピクチャー・ブック」は教科書に採用されるなどイギリス国内では高い評価を得て、1965年に終刊するまでに120冊が刊行された。
文中に出る
ノエル・キャリントン Noel Carrington とはブルームズベリー周辺の女性画家ドーラ・キャリントンの二つ違いの弟。パフィンの生みの親として知られる。その発言はモーパーゴ著・行方昭夫訳『ペンギン・ブックス──文庫の帝王A・レイン』(中央公論社)からの引用である。
この絵本シリーズが戦時中にも拘らず成功を収めたのに気を良くしたペンギン・ブックス社主
アレン・レインは、翌41年にすかさず子供向け読み物シリーズ「
パフィン・ストーリー・ブックス」を創刊する。今に続く「
パフィン・ブックス」の始まりである。
パフィンとは日本語では角目鳥(ツノメドリ)と称するウミスズメ科の海鳥。見かけはちょっとペンギンを思わせるが(
→これ)こちらは体長三十五センチ程度と小ぶりで、軽々と飛翔し、巧みに水中にも潜る。
パフィン・ピクチャー・ブックとの出逢いは思い出深い。
1979年4月26日のこと、中野サンプラザ前で催された青空古書市の初日、ここで思いがけず戦前のロシア絵本と初めて出くわした。マルシャーク詩・コナシェーヴィチ絵の『
火事』(1932)とチャルーシン絵の『
自由な鳥たち』(1931)の二冊である。どちらも売価百円(!)という安さ。思えばこの瞬間に「賽は投げられた」のだ。
ところが同じその日、小生はパフィン・ピクチャー・ブックとの初遭遇も果たしていたのである。手許に今も残る手控帖にはっきりそう記されている。
Victor Ross & John Mortimer, English Fashions (1950)
S. R. Badmin, Village and Town (1948)
John Thomas & Mary Sikes, Pottery and Its Making (1950)
三日後の4月29日にも再度ここに出向いて、もう一冊を見つけている。
Lionel Edward, Our Cattle (1948)
どれも一冊二百円。状態は頗る芳しく、古く渋い石版印刷の味わいが床しかった。阿佐ヶ谷の下宿に持ち帰り、矯めつ眇めつ眺めたものだ。今も折に触れて書棚からそっと取り出してみる。薄く粗末な愛らしい絵本たち。
あれから三十年以上の歳月が流れた。須臾にして、と云いたいほど束の間だったような気がする。柄にもなく感傷に浸ってしまったのはほかでもない、英国からこんな劃期的なアンソロジーが届いたからだ。
Phil Baines
Puffin by Design: 70 Years of Imagination 1940-2010
Penguin Allen Lane
2010
(ふう、明日につづく)